先日、事業承継を控えたある社長からこんな相談を受けました。「退職金を少しでも厚くしたいから、ここ数年で報酬を上げてきたんです。これって問題ありますよね」。

答えから言うと、その進め方は税務調査で否認されるリスクがかなり高いです。承継の準備は順調に進んでいたのに、肝心の退職金だけ否認される。実はこのパターン、決して珍しくありません。

退職金はどう計算されるか

役員退職金の目安は、最終報酬月額に勤続年数と功績倍率をかけて算出します。いわゆる功績倍率方式です。

この式を見れば分かる通り、最終報酬月額が上がれば上がるほど、退職金の適正額も大きく膨らみます。だからこそ「退職直前に報酬を上げておけば、退職金も増やせる」と考える社長が後を絶ちません。

ですが税務署も当然この構造を知っています。退職直前の不自然な増額は、真っ先にチェックされるポイントなんです。

なぜ直前の増額が狙われるのか

最終報酬月額はあくまで「その役員の通常の職務執行の対価」であることが前提です。業績や職責の変化を伴わない、退職を見越しただけの増額は、実態が伴わないと判断されやすくなります。

実際、税務調査では過去数年分の報酬推移を必ず確認されます。売上や利益の伸びに見合わない急激な増額があれば、そこがピンポイントで指摘対象になります。

ある製造業の社長は、退職の2年前に月額報酬を1.5倍に引き上げていました。業績はほぼ横ばいだったにもかかわらずです。結果、退職金のうち増額分に対応する部分が過大役員退職金と認定され、損金算入が否認されてしまいました。承継そのものは無事に終わったのに、最後の最後で数百万円単位の追徴を受けることになったんです。

承継の準備と退職金の準備は別物

ここで社長方に伝えたいのは、事業承継の準備と退職金の出口設計は、似ているようでまったく別のプロジェクトだということです。

承継は「株式をどう渡すか」「後継者にどう権限移譲するか」といった話が中心になりがちです。一方で退職金は、何年も前からの報酬水準の積み上げが土台になります。

この二つを同時に、しかも承継直前になって慌てて動かそうとすると、退職金の設計に時間的な余裕がなくなります。結果として「直前の急な増額」という、税務署が最も嫌う形になりやすいんです。

実際にうまくいっている社長は、退職の3年以上前から準備を始めています。

  • 業績や職責の変化に応じて、無理のない範囲で段階的に報酬を見直す
  • 功績倍率の根拠(同業種・同規模の水準)を資料として残しておく
  • 退職金規程を整備し、算定方法を明文化しておく

特別なことをしているわけではなく、時間をかけて「自然な報酬推移」を作っているだけです。これが結果的に、税務調査で説明力のある退職金につながります。

今からできること

もし承継のタイミングがまだ数年先なら、今のうちに報酬水準の見直しに着手できます。逆に承継まで1年を切っているなら、直前の増額は避け、現状の報酬をベースに退職金を設計する方が安全です。

退職金は経営者にとって最後の大きな出口です。承継という大仕事に気を取られて、退職金の設計を後回しにしていないか、一度立ち止まって確認してみてください。

まだ退職金規程や報酬の推移資料を整理していないなら、今期のうちに手をつけておくのがおすすめです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。