先日、後継者への株式移転を考え始めたある社長から、こんな相談を受けました。

「自社株の評価額が高すぎて、息子に譲るときの税金が心配なんです」

決算書を見せてもらうと、その会社の自社株評価額は1億2000万円。仮にこのまま相続が発生すれば、それなりの相続税がのしかかってくる水準でした。

退職金を支給しただけで、評価額が3割下がった

結論から言うと、A社長は役員退職金を2400万円支給しただけで、自社株の評価額を8400万円まで下げることに成功しました。

下落幅にして3割。相続税率が30%のゾーンだとすると、単純計算で1080万円の差が生まれる計算になります。何か特殊なスキームを組んだわけではなく、退職金という誰もが知っている制度を、タイミングよく使っただけです。

なぜこんなことが起きるのか、順を追って説明します。

なぜ退職金で株価が下がるのか

非上場企業の自社株評価には、会社の利益や純資産をもとに株価を算定する「類似業種比準方式」や「純資産価額方式」が使われます。

ここでポイントになるのが、役員退職金は全額が損金算入できるということです。数千万円単位の退職金を支給すれば、その期の利益が大きく圧縮されます。利益が下がれば、評価の基礎となる数値も下がり、結果として自社株の評価額そのものが下がるわけです。

A社長のケースでは、長年会社を支えてきた先代の役員が勇退するタイミングと、後継者への株式移転を考えるタイミングがちょうど重なっていました。退職金の支給は本来の目的である「長年の功労への報酬」でありながら、副次的に評価額の引き下げ効果も生んだ、という流れです。

「たまたま安いとき」に株を渡すのが重要

相続税や贈与税は、株を渡す時点の評価額に対してかかります。つまり、評価額が高いときに渡せば税負担は重く、評価額が一時的に下がったタイミングで渡せば税負担は軽くなります。

退職金支給によって評価額が下がった期は、いわば「株の安売り期間」のようなものです。この時期を狙って後継者に株式を贈与したり、事業承継税制の納税猶予の申請をしたりすることで、将来の相続税負担を実質的に減らすことができます。

評価額はその後、利益が回復すれば再び上がっていきます。安くなった瞬間を逃さず動けるかどうかが、この対策の肝になります。

注意しておきたい3つのポイント

うまくいけば効果の大きい方法ですが、税務署から否認されるリスクもゼロではありません。次の点は必ず押さえておいてください。

  • 退職金の金額は「功績倍率法」などの基準に照らして、過大と判断されない水準に収めること
  • 分掌変更による退職(社長から会長への異動など)の場合は、実質的に経営権を手放しているかが問われること
  • 株式移転のタイミングは、評価額が下がった直後の決算期を踏まえて逆算しておくこと

特に2つ目は見落とされがちです。肩書きだけ変えて実権は握ったままだと、退職金そのものが否認される可能性があります。形式ではなく実態が伴っているかどうかが問われる、と考えておくとよいでしょう。

タイミングを逃さないために

A社長のケースが示しているのは、特別な節税商品を使わなくても、退職金という会社にとって自然な出来事を、後継者への株式移転計画とセットで考えるだけで、数百万円〜千万円単位の差が生まれるということです。

もし社内に近々勇退を予定している役員がいるなら、その退職金の支給時期と、自社株の移転計画を切り離さずに検討してみてください。切り離して考えると、片方は労務・人事の話、もう片方は税務の話として別々に処理されがちですが、両方を一緒に設計することで初めて効果が最大化されます。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。