「将来のためにと思って、ずっと利益を会社に貯めてきたんです」

先日お会いした元社長は、そう言って少し複雑な表情を浮かべていました。長年コツコツと会社を経営し、無借金経営を実現し、内部留保もしっかり積み上げてきた方です。傍から見れば、模範的な経営者そのものです。

ところが、いざ息子さんに会社を継がせる段階になって、想定外の壁にぶつかりました。自社株にかかる税金が、想像していたよりもはるかに大きかったのです。

非上場企業の株価は、会社の利益や純資産をもとに計算されます。内部留保が厚いということは、それだけ会社の純資産が大きいということです。つまり、真面目に利益を貯め続けてきた会社ほど、株価評価が上がりやすいという構造があります。

この元社長の会社も、決算書だけを見れば健全そのものでした。ですが後継者が株を引き継ぐとなると、その健全さがそのまま重い税負担として跳ね返ってきたのです。

「貯金は美徳」という感覚は、個人の家計であれば正しいかもしれません。しかし法人の場合、貯め込んだ利益は将来どこかのタイミングで必ず精算されます。承継のときか、清算のときか、いずれにせよ税務上の評価対象になるという点を見落としがちです。

では、どうすればよかったのでしょうか。この元社長のケースで参謀役から指摘されたのが、退職金と株価対策を計画的に組み合わせるという発想です。

役員退職金は、支給した期に損金として計上できます。まとまった金額を退職金として支給すれば、その期の利益が圧縮され、結果として自社株の評価額を下げる効果が期待できます。ただし退職金には「功績倍率」など税務上の適正額の目安があり、あまりに高額だと否認されるリスクもあるため、事前の試算が欠かせません。

もう一つの選択肢が、生前贈与を使った株価対策です。毎年少しずつ後継者に株式を移転しておけば、承継時に一括で発生する税負担を分散できます。業績が落ち込んだ年や設備投資で利益が圧縮された年は、株価も下がりやすいタイミングです。こうした年を狙って贈与を進めるのも一つの手です。

いずれの対策も、共通しているのは「時間がかかる」という点です。退職金の支給計画も、複数年にわたる贈与も、思い立ってすぐにできるものではありません。承継を意識し始めた時点で、逆算して準備を始める必要があります。

この元社長が悔やんでいたのは、まさにこの点でした。「貯めることに集中しすぎて、出口を考えていなかった」と。利益を積み上げる経営判断自体は間違っていません。問題は、それをどう次の世代に渡すかという設計図を、同時に描いていなかったことにあります。

会社の内部留保が厚いことは、資金繰りの安定や信用力の向上という意味で、確かに強みです。ただしその強みは、承継のタイミングでは税負担という形に姿を変えることがあります。

もし後継者への引き継ぎを数年先に考えているなら、今の自社株評価額がいくらなのか、そして退職金や贈与を使った場合にどこまで圧縮できるのか、一度専門家に試算してもらうことをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。