「もし今のまま引退したら、退職金はいくらになるんだろう」
先日、飲食チェーンを経営する50代の社長からそんな一言をもらいました。月額報酬は80万円。勤続18年。試しに計算してみると、退職金の見込み額は4,320万円でした。
「まあ、悪くないか」と思った社長に、私はこう聞きました。「でも、今から月額160万円に変えていたら、どうなっていたと思いますか?」
退職金の大きさを決めるのは「報酬額」だけ
役員退職金には、税務上よく使われる計算式があります。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
この3つを掛け合わせた金額が、退職金の相場であり、税務調査でも否認されにくい水準の目安です。功績倍率は代表取締役クラスで最大3倍が一般的。これを超えると「高すぎる」と指摘されるリスクが上がります。
勤続年数は今から変えようがない。功績倍率もほぼ上限が決まっている。となると、退職金の大きさを左右するのは、実質「最終月額報酬」の一点です。
月80万と月160万、その差は約4,800万円
数字で見てみましょう。勤続20年、功績倍率3倍として計算すると——
- 月額80万円の場合:80万 × 20年 × 3 = 4,800万円
- 月額160万円の場合:160万 × 20年 × 3 = 9,600万円
差は4,800万円。ほぼ5,000万円の開きが生まれます。
しかも退職金には「退職所得控除」という強力な優遇があります。勤続20年なら控除額は800万円、以降1年ごとに70万円加算。さらに課税対象は残額の2分の1。通常の給与と比べ、税率が格段に低くなる仕組みです。この手取りの差を毎月の給与で取り戻そうとしたら、いったい何年かかるか——そう考えると、設計の重要性が実感できると思います。
「とにかく報酬を上げればいい」わけでもない
ここで勘違いしやすいのが、「じゃあ今すぐ報酬を最大限に上げればいい」という発想です。
実はそう単純ではありません。役員報酬を高く設定すれば、それだけ社会保険料も増えます。会社負担・個人負担の両方がズドンと上がる。所得税の累進課税で、一定額を超えると手取り増加率もガクッと落ちます。
逆に報酬を抑えすぎると、退職金の計算基礎が下がってしまう。今見たように、月額が低ければ退職金も比例して下がります。
「いくらが最適か」は、退職までの年数・会社のキャッシュフロー・個人の所得水準によって変わります。一概に正解はない。だからこそ、退職時の目標額から逆算して設計することが大切なんです。
「いつ動くか」が意外と重要
もう一つ見落とされがちなのが、タイミングです。
役員報酬は原則として、期の途中では変更できません。変更できるのは原則として期首から3ヶ月以内。これを逃すと、翌期まで待つしかない。
「退職まで3年しかない」と気づいてから動き出しても、変更の機会は2〜3回しかないわけです。10年・15年ある今のうちに設計しておけば、段階的に報酬を調整しながら退職金の原資を最大化できます。早く動くほど、選択肢が増えます。
まだ「退職金は先の話」と思っている社長こそ、今の月額報酬をもとに一度シミュレーションをしてみてください。数字を見た瞬間、「もっと早く考えておけばよかった」と感じるはずです。役員報酬の改定シーズンに合わせて、担当の税理士と退職金の逆算設計を話し合ってみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。