先日、創業5年目のある社長からこんな相談を受けました。「役員報酬、今のままでいいのかずっと悩んでます」と。
会社の利益は順調に伸びているのに、役員報酬の金額だけは創業時のまま据え置き。理由を聞くと「なんとなく変えるのが怖かった」とのことでした。
実はこの「なんとなく」が、手取り額に大きな差を生んでいることがあります。役員報酬をいくらに設定するかで、法人と個人を合わせた手取りが数百万円単位で変わることも珍しくありません。
役員報酬は法人税と所得税の綱引き
役員報酬を上げると、その分だけ会社の経費が増えるので法人の利益は圧縮されます。法人税は下がりますが、その代わり個人の所得税・住民税の負担は上がります。
つまり役員報酬の設定とは、法人側の税負担と個人側の税負担のどちらに重心を置くかという綱引きなのです。この綱引きのバランスを見誤ると、無駄に税金を払い続けることになります。
法人税は23.2%、所得税は最大45%
ここでポイントになるのが、法人税と所得税の税率構造の違いです。
法人税は、中小企業の場合は所得800万円までは軽減税率が適用されますが、800万円を超える部分には23.2%の税率がかかります(地方税等は別途)。一方、個人の所得税は累進課税で、課税所得が高くなるほど税率が上がり、最高で45%まで達します。住民税10%を合わせると、実効税率は55%に近づく水準です。
この差が意味するのは、役員報酬をむやみに増やして個人の所得を高い税率帯に押し上げてしまうと、法人税を減らした以上に個人の税負担が重くなるケースがあるということです。
600万・1200万・1800万で比べてみると
仮に、法人の利益水準がある程度確保できている会社で、役員報酬を600万円・1200万円・1800万円の3パターンに設定した場合をモデル的に試算してみます。
600万円のケースでは、所得税・住民税の負担は比較的軽く済みますが、法人側に利益が残るため法人税の負担が相対的に重くなります。
1200万円まで引き上げると、個人側の税率帯が上がり始め、社会保険料の負担も増えてきます。一方で法人側の利益圧縮効果は大きくなります。
1800万円まで引き上げると、所得税の累進税率が高い水準に達し、個人の手取り増加ペースが鈍化してきます。法人税の圧縮効果よりも、個人の税負担増のほうが大きくなる局面に入るケースもあります。
こうしたモデル試算では、設定額の違いによって法人と個人を合わせた最終的な手取りに最大200万円ほどの差が出ることもあると考えられます。もちろん実際の差は、会社の利益水準や家族構成、社会保険料の扱いなどによって変わってきます。
「とりあえず高め」が一番危険
相談を受けていて感じるのは、「役員報酬は高いほど安心」という思い込みを持っている社長が意外と多いということです。
確かに個人の手取りの絶対額だけを見れば、報酬を上げたほうが増えるように見えます。しかし税負担と社会保険料の増加分を差し引くと、実質的な手取りの伸びは頭打ちになっていきます。むしろ法人に利益を残して他の節税策と組み合わせたほうが、トータルでは有利になる場面もあります。
逆に報酬を低く抑えすぎると、個人の手元資金が不足し、住宅ローンの審査や生活資金の面で困ることもあります。役員報酬は「税金だけ」で決めるものではなく、生活設計とのバランスも欠かせません。
決算前ではなく期首に見直すのが鉄則
注意しておきたいのは、役員報酬は原則として事業年度開始から3ヶ月以内に金額を確定させる必要があるという点です。期の途中で「やっぱり変えたい」と思っても、原則として変更できません。
つまり役員報酬の最適化は、決算が近づいてから慌てて考えるものではなく、期首の段階でシミュレーションしておくべきテーマだということです。
もし今期すでに報酬を確定させてしまっている場合は、来期に向けて早めに試算を始めておくのがおすすめです。会社の利益見込みと個人のライフプランの両方を踏まえて、自分の会社にとっての最適額を一度専門家と一緒に確認してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。