先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。「役員報酬、もっと上げたほうが得なんですかね」。

決算が近づくたびに同じ質問を受けます。答えは、いつも同じです。「上げすぎても、下げすぎても損をします」。

報酬を上げるほど得、ではない理由

役員報酬を上げれば、その分だけ会社の利益は減り、法人税の負担は軽くなります。ここまでは多くの社長が理解しています。

ところが個人の所得税は累進課税です。報酬が上がれば上がるほど、追加でもらった1円あたりの税率も上がっていきます。課税所得が900万円を超えると所得税率は33%、住民税と合わせれば実質43%に達する水準です。

会社の税負担を減らしたつもりが、個人の税負担がそれ以上に膨らんでいる。これが「報酬を上げすぎると手取りが減る」現象の正体です。

では、低く抑えれば得なのか

今度は逆に、報酬を低く抑えて会社に利益を残す発想です。こちらも思ったほど得ではありません。

法人の実効税率は、所得800万円を超えたあたりから約34%で頭打ちになります。一方、個人の所得税は低い所得帯であれば税率5%や10%で済みます。

つまり課税所得が低い水準では、個人で受け取ったほうが税率は低いのです。無理に会社に利益を残すと、本来もっと軽い税負担で受け取れたはずのお金を、わざわざ高い税率のほうに寄せていることになります。

手取りが最大化する水準を探す

結局のところ、正しい問いは「上げるべきか下げるべきか」ではありません。「法人と個人、合わせた税負担が一番軽くなるのはどの水準か」です。

これは会社の利益水準、家族構成、社会保険料の扱いなどによって変わるため、一律の正解はありません。ただ実務でシミュレーションをしてみると、報酬をわずか30万円動かすだけで、年間の手取りが数万円単位で変わるケースは珍しくありません。

年商の規模や利益の出方によっては、この差がさらに大きくなることもあります。感覚や前年踏襲で報酬額を決めている会社ほど、見直しの余地が大きい傾向にあります。

注意しておきたいこと

一つだけ注意点があります。役員報酬は期首から3ヶ月以内に決めたら、原則として1年間は変更できません。定期同額給与のルールです。

途中で「やっぱり上げたい」「下げたい」と思っても、税務上は簡単に修正できません。だからこそ、決算前の忙しい時期に慌てて決めるのではなく、余裕を持ってシミュレーションをしておく価値があります。

感覚で決めている報酬額があるなら、一度、法人と個人の税負担を合算した試算をしてみることをおすすめします。次の期首を迎える前に、数字で確認しておいて損はありません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。