先日、事業承継のご相談で後継者の方からこんな質問を受けました。「先代がまだ会社に残っているのに、退職金を出しても大丈夫でしょうか」。

結論から言うと、出せます。ただし条件がかなり厳しいので、そこを飛ばして進めると後で痛い目に遭います。

分掌変更退職金という考え方

税務上、退職金は文字通り「退職したこと」に対する対価です。ところが事業承継の現場では、先代が代表を退いた後も会長や相談役として会社に残るケースが少なくありません。

こうした場合でも、実質的に経営から退いたと認められれば、退職金の損金算入が可能です。これを分掌変更による退職金と呼びます。代表取締役を退任して非常勤の会長になる、あるいは取締役から監査役に転じるといった形が典型例です。

名目上の肩書きが変わっただけでは足りません。国税庁が重視するのは「実質的に経営上の主要な地位から外れたかどうか」という一点です。

どこまで下げれば実態と認められるか

実務でよく使われる目安が、報酬の減額幅です。分掌変更前の報酬のおおむね50%以上を減額し、しかも経営の実権を握っていないことが求められます。

例えば月額報酬200万円の社長が会長に退いたとして、報酬が180万円のままでは誰が見ても「実態は社長のまま」です。少なくとも100万円以下、できれば50万円台まで下げてはじめて、退職の実態があると説明できます。

あわせて重要なのが、融資の連帯保証や資金繰りの決裁権、取引先との交渉権限といった実質的な経営判断を後継者に譲っているかどうかです。ここが曖昧だと、いくら報酬を下げても否認リスクが残ります。

名前だけ残すのが一番危ない

先ほどの後継者の方が続けて聞いてきたのが「名前だけ残すのは駄目ですか」という質問でした。これが一番危険なパターンです。

肩書きは変えたけれど、実際の決裁はすべて先代を通す。取引先も先代を「実質社長」として扱っている。こういう状態で退職金だけ支払うと、税務調査で給与や賞与として認定され、退職金として損金算入した分がまるごと否認される可能性があります。

否認されれば、法人側は追加の法人税を負担し、受け取った先代側も退職所得ではなく給与所得として課税し直されるため、税負担は一気に跳ね上がります。

実態を作ってから動く

分掌変更による退職金を検討するなら、順番が大切です。まず報酬の減額と権限移譲を先に実行し、それが数ヶ月続いて実態として定着してから退職金を支給する、という流れが望ましいところです。

議事録や稟議書に、誰がどの決裁を行ったかを記録として残しておくことも、後々の説明資料として効きます。書類上の体裁だけでなく、日々の業務の中で実際に権限が移っている証跡を積み上げておくイメージです。

もし先代がまだ会社に残る形での事業承継を検討しているなら、退職金の話を進める前に、報酬体系と決裁権限の見直しから着手しておくのがおすすめです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。