先日、ある製造業の社長からこんな一言をもらいました。「子どもに継がせる気もないし、後継者もいないから、事業承継の話は自分には関係ないと思っているんだよね」と。

気持ちはよくわかります。事業承継というと、どうしても「親から子へ」「創業者から後継者へ」という絵が浮かびますよね。でも実は、後継者がいない社長こそ、事業承継の節税スキームが重要になってくるんです。

廃業・清算を選ぶと、手残りがこれだけ減る

後継者がいない会社の出口は、大きく2つです。①会社を誰かに売る(M&A)、②廃業・清算する。

多くの社長が深く考えずに「②廃業」を選んでしまいます。でも廃業・清算の道を選ぶと、残った利益に法人税がかかります。所得800万円を超える部分には実効税率にして約34%。長年積み上げてきた内部留保が、かなりの割合で税金に消えていくイメージです。

M&Aなら、株式譲渡益に申告分離課税で約20%

一方、M&Aで会社を第三者に売却すると、受け取る対価は「株式譲渡益」として扱われます。この税率は申告分離課税で、所得税と住民税を合わせても約20%。廃業・清算の約34%と比べると、14ポイント近い差があります。

たとえば、純資産ベースで3億円の会社を売却した場合。廃業なら税引後の手残りが約2億円、M&Aなら約2.4億円——この差は4,000万円にも及びます。これだけでも、M&Aを真剣に検討する価値があることがわかると思います。

実際、2023年のM&A件数は過去最高水準に達しており、中小企業のM&A市場は急速に整備されています。以前は大企業同士のイメージが強かったM&Aも、今では年商数億円規模の中小企業でも普通に行われています。

M&A前の「役員退職金」で、さらに節税

M&Aの節税効果はこれだけではありません。売却の前に、役員退職金を受け取るという手法があります。

役員退職金には「退職所得控除」という強力な控除が使えます。たとえば勤続30年なら控除額は1,500万円。さらに退職所得は2分の1課税という優遇もあるので、同じ1,000万円を給与で受け取るよりも、税負担が大幅に軽くなります。

M&A交渉と並行して、この退職金の受け取りタイミングを設計するのが、節税の王道パターンです。ただし金額の設定には「功績倍率法」などの基準があり、過大な退職金は税務調査でリスクになるので、必ず税理士と一緒に設計してください。

2027年末が期限——「事業承継税制の特例措置」も要チェック

もう一つ、見落としがちな制度があります。「事業承継税制の特例措置」です。

後継者がいる場合が基本ではありますが、M&Aの相手先が事業を引き継ぐケースでも活用できる場面があります。この特例措置の申請期限は2027年12月末——あと2年もありません。

「自分には関係ない」と思って放置していると、期限を過ぎてから「使えたのに」と後悔することになります。一度、顧問税理士に自社の状況を確認しておくことをおすすめします。

今、動いておくべき理由

事業承継の節税対策は、売却を決めてから慌てて動いても間に合わないことが多いです。退職金の設定、株価の評価、M&A仲介会社の選定——それぞれに時間がかかります。

「まだ先の話」と思っているうちに、会社の評価額が下がったり、税制改正で有利な制度がなくなったりすることも十分あり得ます。後継者がいないと決まっているなら、早めに選択肢を整理しておくことが、結果的に何千万円もの差になります。

まずは顧問税理士に「廃業よりM&Aの方が手残りはどう変わるか」という試算を依頼してみてください。その一本の相談が、出口戦略を大きく変えるはずです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。