先日、製造業を営む社長からこんな相談を受けました。「そろそろ引退しようと思って。退職金を1億5,000万円もらう予定なんだけど、問題ない?」と。

数字だけ聞くと豪快ですが、実はここに大きな落とし穴があります。退職金は「多く出せばその分まるごと経費になる」と思われがちですが、税務署はそう見てくれません。一定の計算式を超えた部分については、経費として認めない仕組みになっているのです。

退職金の「適正額」は計算式で決まる

税務上の退職金適正額を判断するのに使われるのが、功績倍率法という計算方法です。式はシンプルです。

最終報酬月額 × 在籍年数 × 功績倍率

功績倍率とは、役職ごとに設けられた係数のことです。社長・代表取締役の場合、目安の上限は3.0倍とされています。専務は2.0倍、常務は2.0倍、平取締役は1.5倍が目安です。社長が最も高く設定されているのは、会社への貢献度を反映したものです。

月給100万円で30年間会社を率いてきた社長なら、適正額は「100万円 × 30年 × 3.0」で9,000万円になります。

1億5,000万円を出すと、何が起きるか

先ほどの社長の例に戻りましょう。適正額9,000万円に対して、1億5,000万円を支給したとします。

差額の6,000万円は「不相当に高額な役員退職給与」として、損金に算入できません。つまり6,000万円は経費ゼロ扱いになり、そのまま法人の課税所得として計上されます。実効税率(約34%)で計算すると、法人税が約2,040万円増加します。

節税のために退職金を多く出したつもりが、逆に2,000万円以上の税金を払う羽目になるわけです。退職金は一度支給してしまったら取り消せません。設計ミスのリスクがきわめて高い項目です。

税務調査で「否認」されやすいパターン

退職金は株主総会の決議をもとに支給されますが、税務署は「その金額が不相当に高額ではないか」をチェックします。特に警戒されやすいのは次のようなケースです。

  • 功績倍率が業界水準から大きく外れている
  • 会社の業績が低迷しているのに高額退職金を支給した
  • 役員退職慰労金規程が存在しない、または退職直前に作成された

「うちの社長は特別な貢献をした」という主張は、客観的な根拠がなければ通りません。過去には功績倍率を5〜6倍に設定して、税務調査で全額否認されたケースも報告されています。

今すぐできる準備:規程と議事録の整備

税務リスクを下げるために最初に取り組むべきは、役員退職慰労金規程の整備です。功績倍率と計算方法を規程に明記しておくことで、「あらかじめ決まったルールに基づいた支給である」と示せます。

この規程は、社長が在任中のうちに整備しておくことが重要です。退職直前に慌てて作っても、「退職金を高くするために後付けで作った」と見なされる可能性があります。また、支給の決議は株主総会の議事録にきちんと残しておくことも必須です。議事録がなければ、そもそも損金算入の要件を満たせません。

引退を10年後に考えているなら、今が設計のタイミング

退職金の節税効果は大きい分、リスクも大きいです。適切に設計できれば数千万円の税負担を合法的に圧縮できますが、設計を誤ると同額の税金が増えます。

「まだ引退は先の話」という社長ほど、今から準備する時間があります。最終報酬月額と在籍年数を意識しながら、功績倍率をどう設定するか。これは早めに税理士と詰めておくべきテーマです。引退のタイミングで慌てないためにも、ぜひ一度、退職金の設計を見直してみてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。