先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。「法人税を減らしたくて、自分の役員報酬をギリギリまで下げたのに、なぜか税金が減った実感がないんです」と。

話を聞くと、事情はすぐに見えてきました。役員報酬を大きく下げた結果、会社にお金は残ったものの、その分だけ生活は苦しくなった。そして肝心の会社に残った利益には、しっかり法人税がかかっていたのです。つまり「個人の手取りは減ったのに、会社の税金は減っていない」という、いちばん報われないパターンに陥っていました。

役員報酬を下げれば法人税は減る。これ自体は間違いではありません。役員報酬は会社にとって経費になるので、報酬を厚くすれば会社の利益は圧縮され、法人税は下がります。逆に報酬を薄くすれば、会社に利益が残りやすくなり、法人税は増えます。

問題は、多くの社長がここで「法人税だけ」を見て判断してしまうことです。役員報酬を下げれば、その分は個人の所得税・住民税の対象から外れますが、代わりに会社の利益として法人税の対象になるだけ。トータルで見れば、税金がどこかに移動しただけで、消えてなくなったわけではありません。

さらに厄介なのは、会社に貯まったお金は簡単には引き出せないという点です。役員報酬という形で個人に移せば自由に使えるお金になりますが、会社の内部留保として置いておく限り、社長個人の生活費には回せません。生活が苦しいのに会社にはお金がある、というねじれは、こうして生まれます。

では、どこに落としどころを探ればいいのか。基本の考え方はシンプルで、法人税率と個人の所得税・住民税率、それに社会保険料の負担を合わせて、トータルの負担が一番軽くなる水準を探すことです。

役員報酬を上げすぎれば、所得税は超過累進課税なので税率がどんどん跳ね上がり、社会保険料の負担も重くなります。逆に下げすぎれば、今回の社長のように法人税だけが重くのしかかる。だいたいの中小企業では、年間の役員報酬が800万円から1,200万円あたりに、個人と法人のトータル負担が最も軽くなるラインが来やすいと言われています。ただしこれは業種や利益水準、家族構成によって変わるので、あくまで目安として捉えてください。

もうひとつ見落とされがちなのが、役員報酬は事業年度の途中で自由に変更できないというルールです。定期同額給与の原則により、原則として期首から3ヶ月以内に決めた金額を1年間維持する必要があります。今期「下げすぎた」と気づいても、来期の株主総会や取締役会で改めて金額を決め直すまで待たなければなりません。

だからこそ、決算が近づいてから慌てて報酬額をいじるのではなく、期首のタイミングで顧問税理士と一緒に、会社の利益予測と個人の生活資金の両方を見ながらシミュレーションしておくことが大切です。法人税だけを見て報酬を決めると、今回の社長のように「会社は苦しくないのに自分の生活だけが苦しい」という本末転倒な結果になりかねません。

もし今の役員報酬が「なんとなく去年と同じ」で決まっているなら、次の期首は法人と個人のトータル負担を一度計算し直してみることをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。