先日、年商3億円ほどの建設会社を経営する社長と話していたとき、こんな一言が出ました。
「報酬はなんとなく毎年据え置いてます。変えるのも面倒だし」
その社長、推定で年間150万円以上、損している計算でした。
「感覚で決める社長」と「数字で決める社長」の差
役員報酬の決め方には、大きく2タイプの社長がいます。
一方は、「去年と同じでいいか」「キリのいい数字にしておこう」と感覚で決めるタイプ。もう一方は、会社の利益予測・家族構成・社会保険料まで計算に入れて、数字で最適額を導き出すタイプです。
この2タイプの間には、年間100〜200万円という金額の差が生まれることがあります。決して大げさな話ではありません。
なぜ「年収900万円前後」がよく言われるのか
税理士業界では、役員報酬の目安として「年収900万円前後」という数字がよく語られます。なぜこの水準が一つの分岐点になるのか、少し整理してみましょう。
役員報酬を上げると、社長個人の所得税と住民税が増えます。さらに厄介なのが社会保険料です。報酬が一定水準を超えると、健康保険・厚生年金の負担が一気に重くなります。会社と本人の折半とはいえ、トータルの負担は無視できません。
一方、報酬を下げすぎると今度は会社側に利益が残り、法人税が増えます。個人の税率より法人税率のほうが低いケースもありますが、内部留保には別のリスクもあります。
つまり、「個人の税負担が増えるライン」と「法人の税負担が増えるライン」の間に、最もトータルコストが小さくなるゾーンが存在するのです。その交差点が、多くの会社でちょうど800万〜1,000万円あたりに位置しやすい、というのが「900万円前後」説の根拠です。
報酬が高すぎる場合のリスク
報酬を1,500万円、2,000万円と高く設定している社長もいます。会社が十分に稼いでいれば問題ないように見えますが、所得税の累進課税と社会保険料の上昇がダブルで効いてきます。
所得税の最高税率は45%(住民税を合わせると55%)。これに社会保険料が加わると、増やした報酬の半分以上が税と保険料で消えていく計算になります。
「稼いだ分だけ自分の報酬を上げる」という発想は、ある水準を超えると急速に非効率になるのです。
報酬が低すぎる場合のリスク
逆に「節税のために報酬を低くしよう」という社長もいます。確かに個人の所得税は下がりますが、会社の利益が増えて法人税が上がります。
さらに、社会保険料は報酬ベースで計算されるため、報酬が低すぎると将来の年金受給額も減ります。「今の節税」が「老後の損失」につながるケースもあるので、単純に低ければいいわけでもありません。
「最適額」は人によって違う
ここで一点、強調しておきたいことがあります。
「年収900万円が最適」というのはあくまで目安です。実際の最適額は、会社の利益水準、家族構成(配偶者や扶養家族の有無)、役員の年齢、他の所得の有無、将来の設備投資計画など、複数の要素によって変わります。
たとえば、配偶者に別途給与を払っている会社と、社長一人に集中している会社では、最適な設定がまったく異なります。子どもが独立して扶養控除がなくなった年も、見直しのタイミングになります。
よくある失敗は、「知人の社長が900万にしているから自分もそうしよう」というパターンです。会社の状況が違えば、同じ金額でも損得が逆転することがあります。
年に一度は「報酬シミュレーション」を
役員報酬は、事業年度開始から3ヶ月以内に決定・変更しなければ、原則として損金算入できません(定期同額給与のルール)。一度決めたら1年間は変えられないため、決算が近づいてから慌てても手遅れになります。
毎年、決算の2〜3ヶ月前に「来期の利益予測」と「最適な役員報酬額」をシミュレーションしておくのが、賢い社長の習慣です。
計算自体はそれほど難しくありませんが、社会保険料の計算や所得控除の変動を正確に見積もるには、やはり数字に慣れた人間が関わったほうが精度が上がります。
「なんとなく」で決めてきた報酬を一度見直すだけで、手取りが年間数十万〜100万円単位で変わることは珍しくありません。決算前のこの時期に、顧問税理士と一度シミュレーションを行っておくことを強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。