「先生、役員報酬っていくらに設定するのが一番得なんですか?」
ある社長からこんな質問を受けたのは、決算3ヶ月前のことでした。年間利益が1,200万円ほど出る見込みで、役員報酬を上げるか現状維持にするかで迷っていた、という相談でした。
実は、この判断一つで手取りが年間300万円以上変わることがあります。「報酬を高くすれば豊かになれる」と思いがちですが、税の世界はそう単純ではありません。
報酬を上げすぎると、なぜ手取りが減るのか
所得税は累進課税です。報酬が増えるほど税率が段階的に上がり、年収1,000万円を超えると所得税率は33〜40%の範囲に入ります。住民税10%と合わせると、実質50%近い税負担です。
さらに社会保険料(健康保険・厚生年金)が労使合計で約30%かかり、そのうち半分は本人負担。たとえば役員報酬を月80万円から月100万円に上げたとしても、増えた240万円のうち手元に残るのは130万円にも満たないケースがあります。
「なんのために増やしたのか」と感じた社長は、一人や二人ではありません。
では、報酬を抑えればいいのか?
ここが悩ましいところです。
役員報酬を下げると、会社の利益がその分増えます。法人税は中小企業でも年間800万円を超える部分には実効税率で約34%かかります。つまり報酬を抑えて会社に利益を残しても、法人税でごっそり取られるという現実があります。
会社に利益を積み立てると、将来の役員退職金や配当で税負担を最適化できるメリットもあります。ただしそれには中長期の計画が必要で、目先の手取りとはトレードオフになります。
「最適報酬」はどう決めるのか
結論から言うと、個人の所得税率と法人税率が逆転する分岐点が、最適報酬の目安になります。
個人の税率が上がるにつれ、会社に利益を残して法人税を払う方が総合的な税コストは低くなる瞬間があります。このポイントを超えて報酬を引き上げても、手取りは増えません。
多くのケースでは年収700万〜1,000万円の範囲に分岐点が来ることが多いです。ただしこれは、会社の利益規模・家族構成・社会保険料の等級・他の所得の有無によって大きく変わります。税理士に「最適報酬シミュレーション」を依頼すると、会社と個人の両面で試算してもらえます。この一手間が、何百万円もの差を生むことがあります。
役員報酬を変更できるのは年1回だけ
実務上、知っておきたい大事なルールがあります。
役員報酬は原則として期首から3ヶ月以内に決定し、その後1年間は変更できません(定期同額給与のルール)。途中で変えると、変更後の役員報酬が損金算入できなくなり、法人税が増えます。
最適な金額を設定できるタイミングは年1回だけ。この機会を逃すと、1年間ずっと非効率な設定を引きずることになります。
「退職金」という出口も忘れずに
手取り最大化を考えるとき、役員報酬だけで考えるのは片手落ちです。
役員退職金は分離課税の対象で、「退職所得控除」という大きな控除が使えます。勤続年数20年超なら、年70万円×年数分が非課税枠として積み上がります。長く経営を続けるほど、出口での節税効果は大きくなります。
「今の報酬を少し抑えて会社に積み立て、退職時に大きく回収する」という戦略は、特に50代以降の社長には有力な選択肢です。
今期の役員報酬、まだ見直せますか?
報酬改定の時期を控えている社長は、ぜひ今の数字を見直してみてください。
「とりあえず去年と同じ金額で」と更新しているケースが意外と多いのですが、会社の利益水準が変われば最適報酬の水準も変わります。年に一度、税理士と「報酬シミュレーション」をセットで行うのを習慣にしておくと、じわじわと手取りの差が積み上がっていきます。
少し面倒でも、今期中に確認しておく価値は十分あります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。