「月100万円にしてます。キリがいいので」
先日、創業8年目の建設会社の社長からこう聞いたとき、思わず「もったいないな」と感じました。悪意があるわけでも、無知なわけでもない。ただ、「キリのいい数字」を選んだだけ。でもその選択が、年間数十万円単位の損を生んでいるケースは、思いのほか多いんです。
役員報酬は「3つの税金」が同時に動く
会社員の給与と違い、社長の役員報酬は3つの要素が連動して動きます。法人税・所得税・社会保険料です。
この3つは、それぞれ税率が段階的に変わる「境界線」を持っています。その境界をまたいでいるかどうかで、同じ金額帯でも実質的な手取りと会社のキャッシュが大きく変わってくるんです。
たとえば、所得税には課税所得が900万円を超えると税率が23%から33%に跳ね上がるゾーンがあります。月給に換算すると、だいたい月75〜80万円あたりが境界線の目安。ここに「キリよく月80万円」と設定してしまっていると、ほんの少しのズレで一段高い税率に突入してしまいます。
月1万円の調整で、年50万円が変わることがある
「たった1万円でそんなに変わるの?」と思いますよね。でも実際の計算をしてみると、これが本当に変わります。
所得税・住民税・社会保険料は年額で計算されるので、月1万円の差が年間では12万円の報酬差になります。そこに税率の境界をまたいだ影響が加わると、最終的な税負担の差は年間40〜50万円に達することがあるんです。
逆に言えば、月1万円下げるだけで年間50万円ほどの節税につながるケースもある、ということ。報酬を下げると手取りが減るように感じますが、社会保険料と税金の合計が大きく下がれば、実質の手取りはほとんど変わらない、むしろ増えることすらあります。
社会保険料も「等級」で段階的に変わる
もう一つ見落とされがちなのが、社会保険料の等級制度です。
健康保険・厚生年金の保険料は「標準報酬月額」という等級で決まっていて、月給がどのゾーンに入るかで保険料がガクッと変わります。等級の境界線は1〜3万円ごとに設定されていて、ここをまたぐかどうかで、会社・個人の両方が負担する保険料の合計が年間数十万円単位で変わることがあります。
法人税の節税を考えながら、社会保険料のコストも同時に最適化する。この2つを同時に考えないと、片方を節約して片方が増えてしまう、ということが起きやすいんです。
変更しようとして「損金不算入」になるワナ
ここまで読んで「よし、今すぐ報酬を見直そう」と思った方に、ひとつ重大な注意点をお伝えします。
役員報酬には定期同額給与というルールがあります。原則として、変更できるのは事業年度が始まってから3ヶ月以内だけ。それ以降に変更すると、変更前後の差額が「損金不算入」として扱われ、法人税の課税対象になってしまいます。
「節税しようとしたら、逆に税金が増えた」という笑えない話が現実に起きています。せっかく最適な金額が見えても、タイミングを誤ると台無しになるんです。
見直しができる期限は、新しい事業年度が始まってすぐ。3月決算なら4〜6月の間が唯一の変更ウィンドウです。このタイミングを逃すと、丸1年そのまま続けるしかなくなります。
来期の決算前に、一度シミュレーションを
「キリのいい数字」はシンプルで管理しやすい。その気持ちはよくわかります。でも役員報酬は、会社と個人のキャッシュフローを同時に最適化する、経営上もっとも重要な意思決定のひとつです。
次の事業年度が始まる2〜3ヶ月前、つまり決算が近づいてきたタイミングで、法人税・所得税・社会保険料の3つを同時に見たシミュレーションを顧問税理士に依頼してみてください。「今の金額で本当に最適か?」を確認するだけで、年間40〜50万円の節税につながることは珍しくありません。
キリのいい数字より、手元に残る数字を選ぶ。それが、経営者としての正しい報酬設計です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。