決算が終わって少し落ち着いた頃、ある製造業の社長から相談の電話がありました。

「顧問税理士を変えたら、役員報酬の設定がずっと非効率だったって言われたんです。どれくらい違うんでしょうか」

一緒に数字を確認してみると、その社長は毎年150万円以上、払わなくてよかった税金と社会保険料を払い続けていたことがわかりました。何年も続けていたので、累計にすると大きな金額になっていました。

役員報酬は、法人経営において最も影響力の大きい節税変数のひとつです。それなのに、「とりあえず毎月50万円」「前期と同じでいい」と深く考えずに設定している社長が、驚くほど多い。

年に一度しか動かせない、3ヶ月のタイムリミット

まず押さえておくべき大前提があります。役員報酬は、原則として事業年度が始まってから3ヶ月以内にしか変更できません。このタイミングを逃すと、1年間その金額が固定されます。

理由は税務上の「定期同額給与」という概念にあります。期の途中で役員報酬を変えると、変更した部分が法人の損金として認められなくなるのです。損金にならないということは、法人税の課税対象になるということ。税務署から見ると「利益の付け替えでしょ」と判断されてしまいます。

だから毎年、この3ヶ月のうちに「今期いくらが最適か」を決めなければならない。このタイムリミットを意識していない社長が、年200万円単位の損をしています。

法人税と所得税・社会保険料は「綱引き」の関係

ここが役員報酬設計の核心です。

役員報酬を上げると、法人の利益が減り法人税は下がります。一方で、個人として受け取る報酬に対する所得税と社会保険料が増えていきます。逆に役員報酬を下げると、個人の税・社会保険料の負担は軽くなりますが、法人に利益が残って法人税がかかる。

この綱引きの「均衡点」、つまり法人税と個人の税負担の合計が最も小さくなる報酬額が、経営者ごとに存在します。

法人税の実効税率は中小企業でも黒字が膨らめば約34%前後になってきます。一方、所得税は報酬が増えるにつれ累進的に上がり、社会保険料も年収数百万円台では重い負担率になる。年商1億円規模の会社であれば、この均衡点を外したまま1年間過ごすだけで、200万円以上の差が生まれることは珍しくありません。

「去年と同じでいいか」が一番危険

よくある落とし穴は、なんとなく前期と同じ報酬額を設定し続けてしまうパターンです。

業績が伸びているのに報酬を変えなければ、法人に利益が残り続けて法人税として持っていかれます。逆に、業績が落ちているのに報酬を下げなければ、個人の所得税・社会保険料の重さが経営を圧迫する。どちらに転んでも、「現状維持」は損をしている可能性が高い。

社会保険料の存在も忘れてはいけません。所得税と違い、社会保険料は会社と個人の折半です。高い報酬を設定すると、社長個人の保険料だけでなく会社の負担分も増える。報酬を月50万円から月70万円に上げた場合、社会保険料の増加分だけで年数十万円単位になることもあります。

シミュレーションなしに「最適解」は出ない

では、どうすれば均衡点を見つけられるのか。

答えはシンプルで、毎年「法人と個人を合算した実効税率がどこで最小になるか」を計算することです。法人税率、所得税率、住民税率、社会保険料率をすべて加味した上で、複数の報酬額パターンを並べて比較する。このシミュレーションをやるかやらないかで、毎年の手取りが大きく変わってきます。

ただし計算には、会社の業績見込み、個人の他所得、扶養家族の状況なども影響します。「一般的にはこの金額が最適」という画一的な答えがないのが、役員報酬設計の難しさです。だからこそ、決算後の3ヶ月に顧問税理士と必ず数字を確認する習慣が欠かせません。

今期の3ヶ月、まだ間に合いますか?

事業年度が始まってすぐの時期は、何かと慌ただしいものです。でも、この3ヶ月の中でひとつだけ必ず確認してほしいことがあるとすれば、それが役員報酬のシミュレーションです。

1年間固定される数字だからこそ、設定に時間をかける価値があります。業績の変化、家族の状況、会社の内部留保の計画——これらを踏まえて最適な報酬額を設計することが、毎年の節税効果として最も大きくリターンが出る作業のひとつです。

「去年と同じ」で済ませているなら、今期は一度ゼロから見直してみてください。まだ3ヶ月以内なら、今日の午後に税理士に電話するだけで間に合います。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。