先日、ある社長からこんな相談を受けました。「来年から役員報酬を月150万円に上げようと思っています。会社の業績も上向きだし、そろそろ自分への報酬を増やしてもいいかなと」。
そのとき私は思わず、「一度、数字を試算してみましょうか」と返したんです。
「上げると何か問題があるんですか?」と少し驚いた顔をされましたが、試算結果を見たその社長は「え、こんなに変わるんですか」と絶句していました。
「報酬を上げれば手取りが増える」は半分正解
役員報酬を上げる大きなメリットは、法人税の圧縮です。役員報酬は損金算入できるので、報酬が高いほど会社の利益が減り、法人税が少なくなります。この「法人税節税効果」だけ見ると、高い報酬のほうが常に有利に思えます。
ただし、個人側の税負担も同時に増えます。所得税は累進課税で、収入が増えるほど税率が上がる仕組みです。最高税率は45%、これに住民税10%が加わると、ざっくり55%が税として消えていく計算になります。
さらに、もう一つの「隠れたコスト」が待っています。社会保険料です。
月80万・120万・150万の3パターンで比べると
会社の利益水準が一定という前提で、役員報酬を月80万円・120万円・150万円の3パターンで試算してみます。見るのは「法人税+個人の所得税+社会保険料(個人負担分)」の合計です。
月80万円の場合、所得税率は20〜23%程度に収まることが多く、社会保険料の負担もそれなり。法人税はやや多めになりますが、トータルの実質負担率は比較的おさえられています。
月120万円になると、法人税の節税効果が増します。ただし所得税率が上がりはじめ、社会保険料もこの水準ではまだ上限に達していないケースが多く、報酬増加分の一部が保険料に消えます。
月150万円は一見、最も節税効果が高そうです。しかし所得税率は33〜40%台に突入し、住民税と合わせると実効税率が50%近くになるケースが出てきます。法人税の減少分より、個人側の増税のほうが大きくなる。
今回の試算で手取りが最も多かったのは、月150万円ではありませんでした。
社会保険料が「見えない増税」として効いてくる
役員報酬を増やすときに意外と見落とされるのが、社会保険料の増加です。
健康保険・厚生年金は「標準報酬月額」という区分で保険料が決まります。報酬が上がると区分も上がり、保険料も増えます。上限はありますが、月80万〜120万円の範囲ではまだ上限未満という方が多く、報酬増加分のうち相当な割合が保険料に消えてしまいます。
しかも厚生年金の保険料は会社と個人で折半です。報酬を上げることで会社側の負担も増え、「会社の経費が膨らみながら個人の手取りは思ったほど増えない」という状況になりやすい。
最適額は「3つ同時に試算」してはじめてわかる
よくある失敗が、法人税だけ・所得税だけで判断してしまうことです。
法人税・所得税・社会保険料の3つは連動しています。1つを最適化しようとすると別の2つで損をするのが典型的なパターンです。正しいアプローチは、3つを同時にシミュレーションして合計負担が最も小さくなる水準を探すこと。この視点を持つだけで、設定の「答え」が変わってきます。
また最適額は、以下の要素でも大きく変わります。
- 会社の利益水準:利益が多いほど、報酬で圧縮するメリットが大きい
- 役員の年齢:60代に近いほど社会保険料より手取り重視の設計が合理的になる
- 家族構成:配偶者や家族役員への分散で実効税率を下げられるケースもある
役員報酬は年に一度しか変えられない
忘れてほしくないのが、変更の制約です。役員報酬を損金算入するには「定期同額給与」のルールを満たす必要があり、変更できるのは原則として事業年度開始から3ヶ月以内に限られます。
期中に「やっぱり上げたかった」と気づいても、その期は修正できません。毎期、決算が終わったタイミングで翌期の役員報酬を試算しておく習慣が大切です。
今の報酬額を「なんとなく設定したまま」という社長は、一度だけでも数字を確認してみてください。試算してみると、思っていたのと違う最適額が見えてくることは決して珍しくありません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。