先日、年商2億円の建設業を営む社長からこんな相談を受けました。「今期は業績が良くて、税理士から役員報酬を上げてもいいと言われたんですが、実際どれくらい手取りに反映されるんでしょうか」
気持ちはよくわかります。頑張って稼いだ分は、ちゃんと自分の手元に残したい。それは当然の感覚です。
ただ、役員報酬の設定は「上げれば得、下げれば損」という単純な話ではありません。今回は、年300万円報酬を上げた場合に実際の手取りがどう変わるのかを、税と社会保険の両面から整理してみます。
所得税は「上げるほど重くなる」仕組み
まず知っておきたいのが、個人の所得税は所得が増えるほど税率が上がる「累進課税」だということです。
現在の役員報酬が年1,500万円前後の社長が、さらに300万円を引き上げると、その300万円には所得税率33〜40%前後が適用されることになります。住民税の10%を合わせると、実質的な税負担は43〜50%超になるケースもあります。
つまり、300万円上げたとしても、手取りに残るのは150〜200万円程度というのが現実です。「せっかく増やしたのに半分しか残らないの?」と驚く社長は少なくありませんが、これが累進課税の構造です。
では法人に残せばいいかというと、それも違う
役員報酬を上げずに法人に利益を残せばいいかというと、こちらも単純ではありません。
法人税の実効税率は、課税所得800万円以下なら約23〜25%程度ですが、800万円を超えると約33〜34%に上がります。報酬を抑えて法人内に利益を積み上げれば、その分だけ法人税の負担が増します。
結局、「個人に回しても税金、法人に残しても税金」という構造です。どちらが有利かは、個人の所得水準と法人の利益水準を両方見て判断するしかありません。
見落としがちなのが「社会保険料」の二重負担
多くの社長が計算から抜け落としがちなのが、社会保険料です。
役員報酬を上げると、社会保険の「標準報酬月額」も連動して上がります。標準報酬月額が上がれば、厚生年金・健康保険の保険料も増えます。社会保険料は会社と個人の折半なので、報酬アップは「個人の手取りが減る」だけでなく「会社のコストも増える」という二重の影響をもたらします。
月額報酬を25万円増やすと、社会保険料は個人・会社それぞれ月3〜4万円程度増えることがあります。年間で合算すると、70〜80万円のコスト増になるケースも珍しくありません。
最適な報酬額は「3つのコストの合算」で決まる
整理すると、役員報酬の設定には以下の3つのコストが絡み合っています。
- 個人の所得税・住民税(報酬を上げるほど税率が上がる)
- 法人税(報酬を抑えた分だけ法人利益が増える)
- 社会保険料(個人と法人の両方に負担が生じる)
これらをトータルで見て、手元に残るお金が最も多くなるラインを探すのが「最適な役員報酬の設定」です。一般的には、所得税率が大きく跳ね上がるゾーン(目安として年収1,800万円や4,000万円付近)を超えないラインに報酬を設定しつつ、法人にも適度に利益を残すバランスが取られることが多いです。
ただしこれはあくまで一般論で、会社の規模・利益・個人の家族構成や他の所得によって最適解は変わります。
「とりあえず高く」設定するリスク
「報酬を高くしておけば、使いたい時に使えるから安心」という考え方は一見合理的ですが、支払った税金は戻ってきません。一方、法人に利益を残す場合は、将来の設備投資・役員退職金・M&Aなど、法人資産として活用できる選択肢が残ります。
役員報酬は原則として期首から3ヶ月以内しか変更できません。「決算前に慌てて考える」では手遅れになります。今期の業績見通しが見えてきたら、来期分の報酬設定を早めに試算しておくことをおすすめします。まだ具体的なシミュレーションをしたことがないなら、次回の税理士面談でぜひ数字を出してもらってください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。