先日、会社を創業から25年間経営してきた製造業の社長に呼ばれました。息子への事業承継を前に、「そろそろ自分の退職金を受け取りたい」というご相談でした。
試算してみると、設計の違いによって手取り額に2,800万円もの差が出る可能性がある——。社長はその数字を聞いて、しばらく絶句していました。
役員退職金は、正しく設計すれば会社の損金として落とせて、かつ受け取る側の所得税も大幅に圧縮できる、二重のメリットがある節税の「最終兵器」です。しかし設計を誤ると、税務調査で否認されたり、本来手に入るはずの手取りを大幅に損したりする落とし穴もあります。
今回は、退職金の手取りを最大化するための3つの設計ポイントを、現場でよく見かける失敗例も交えてお伝えします。
第3位:功績倍率は「根拠」がすべて
役員退職金として損金算入できる金額は、一般的に次の算式で計算されます。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
たとえば月額報酬100万円、勤続20年、功績倍率3.0であれば、6,000万円が退職金の損金算入の目安になります。シンプルな式ですが、ここで多くの社長が勘違いをしています。
功績倍率に法律上の「上限」はありません。ただし税務調査では「その金額が適正か」が厳しく問われます。実務上は代表取締役で2.0〜3.0倍、役員で1.0〜2.0倍が否認されにくい水準とされており、これは法定値ではなくあくまでも実務上の「目安」です。
重要なのは、倍率を決めた根拠を書面で残しておくことです。株主総会の議事録で役員退職金規程を決議し、功績倍率の根拠(業界平均や類似法人との比較など)も整備しておくと、税務調査の際に圧倒的に有利になります。根拠のない高倍率は、否認リスクが一気に高まります。倍率の数字よりも、「なぜその倍率か」を説明できる状態にしておくことが先決です。
第2位:勤続年数は1日でも長くする
退職金に対する所得税を計算するとき、「退職所得控除」という大きな控除が使えます。この控除額が、勤続年数によって劇的に変わります。
- 勤続20年以下:1年につき40万円
- 勤続20年超:20年を超えた部分は1年につき70万円
勤続30年で退職した場合、控除額は「20年×40万円+10年×70万円=1,500万円」。これだけの金額が、課税対象からまるごと外れます。
一方、勤続10年だと控除はわずか400万円。同じ退職金の金額でも、手取りに1,000万円以上の差が生まれることも珍しくありません。
法人設立のタイミングを早める、あるいは役員への就任を早めることが、長い目で見た最大の節税になります。「会社はそのうち作ればいい」と後回しにしてきた社長ほど、退職時に後悔しやすいポイントです。まだ法人化を検討中の方は、この控除の積み上がり方を知るだけで、設立を急ぐ理由が見えてくるはずです。
第1位:退職所得の「1/2課税」を使い倒す
これが最も効く仕組みです。退職金に課税される所得税は、次のように計算されます。
課税退職所得=(退職金の受取額-退職所得控除額)× 1/2
つまり、控除後の金額をさらに半分にした額にしか税金がかかりません。
具体的に見てみましょう。退職金3,000万円を受け取り、退職所得控除が1,500万円だとすると、課税対象はわずか750万円(=(3,000万-1,500万)×1/2)。この750万円に税率をかけた額が実際の税負担になります。
通常の役員報酬として3,000万円を受け取れば、そのほぼ全額に高い税率がかかります。しかし退職金という形であれば、「控除」と「1/2課税」のダブル効果で、実質的な税負担率が大幅に下がります。これが、単なる報酬の後払いではなく「退職金」として設計することの本質的な意味です。
役員報酬の総額設計を考えるとき、退職時に退職金として受け取る分をいかに大きく積み上げるかが、生涯トータルの納税額を左右します。
設計は早ければ早いほどいい
3つのポイントを振り返ると、「功績倍率の根拠を整備する」「勤続年数を最大化する」「退職金という課税構造を最大活用する」ということになります。
どれも「退職する直前に考えれば間に合う」話ではありません。特に勤続年数は法人設立の日から積み上がるものなので、設立後間もない社長ほど、今のうちに長期設計を考えておく価値があります。
退職金規程の整備、役員報酬と退職金のバランス設計、功績倍率の根拠作り——これらは顧問税理士と一緒に、少なくとも3〜5年先を見越して取り組むべきテーマです。まだ退職金の話を顧問と一度もしたことがないという方は、次の面談でぜひ話題に出してみてください。今の設計を少し変えるだけで、将来の手取りが大きく変わることがあります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。