先日、製造業を営む60代の社長と話していて、こんな言葉が出てきました。「そろそろ引退を考えているんだけど、退職金の税金が怖くて踏み切れない」と。

気持ちはよくわかります。でも実は、社長の退職金には「これは本当に優遇されているな」と感じる税制があります。正しく設計すれば、8,000万円受け取っても実効税率が15%前後に抑えられます。

給与と退職金では、税金の仕組みがまったく違う

会社の利益を役員報酬として受け取る場合、課税対象は基本的に全額です。年間8,000万円を役員報酬で受け取れば、所得税・住民税の合計は最高税率55%に達することもあります。単純計算で3,400万円以上が税金に消えます。

ところが退職金は「退職所得」として分離課税されます。通常の給与所得や事業所得とは切り離されて、独自の計算式で税額が決まります。そしてここに、強力な2つの優遇制度が使えます。

勤続年数が長いほど有利になる「退職所得控除」

退職所得控除とは、退職金からそのまま引ける控除額のことです。計算式はこうです。

  • 勤続20年以下の部分: 40万円 × 勤続年数(最低80万円)
  • 勤続20年超の部分: 800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年)

勤続40年で引退する社長の場合、控除額は800万円 + 70万円 × 20年 = 2,200万円になります。

さらにここに「2分の1課税」が加わります。退職所得は、退職金から控除額を引いた残りの半分だけが課税対象になります。

8,000万円の退職金、税金はいくらになるか

では具体的に計算してみましょう。

退職金8,000万円から退職所得控除2,200万円を引くと、残りは5,800万円。これをさらに2分の1にすると、課税対象は2,900万円です。

2,900万円に対して所得税と住民税を計算すると、合計で約1,170万円。つまり退職金8,000万円を受け取るのに払う税金は、約1,170万円ということになります。

実効税率に換算すると、8,000万円に対して約14.6%。役員報酬の最高税率55%と比べれば、いかに優遇されているかがわかるでしょう。

役員報酬で受け取った場合との比較

仮に同じ8,000万円を役員報酬として数年かけて受け取ったとして、平均税率を45%とすると、手取りは約4,400万円です。

退職金で受け取った場合の手取りは、約6,830万円。

その差は約2,430万円。引退後の第二の人生を考えると、この差は非常に大きいです。「どうせ引退するから」と退職金設計を後回しにするのは、2,000万円以上を捨てることと同じです。

退職金節税の「落とし穴」——事前準備なしでは使えない

ただし、退職金節税には重要な前提条件があります。退職直前に「じゃあ退職金をたくさん出そう」と思っても、税務上は認められない可能性が高いのです。

必要な準備は大きく2つです。

1. 役員退職慰労金規程の整備

退職金の支給根拠となる社内規程です。支給額の計算基準(「最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率」など)を明記します。これがないと、税務調査で退職金の損金算入が否認されるリスクがあります。

2. 功績倍率の設定

税務上、社長(代表取締役)の功績倍率の目安は3.0とされています。ただし高すぎると否認されるリスクがあるため、同業他社の事例や会社規模を踏まえた現実的な設定が必要です。

50代から準備を始めるのが正解

退職金の節税設計は、引退の10年以上前から始めておくのが理想です。月額報酬の水準、規程の整備、勤続年数の確認——これらをセットで設計することで、受け取れる退職金と節税効果の両方を最大化できます。

もし役員退職慰労金規程をまだ整備していないなら、今期中に税理士と確認しておくことをおすすめします。引退後に「あのとき準備しておけばよかった」と後悔しないよう、早めに動いておきましょう。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。