先日、創業20年目を迎えた製造業の社長から、こんな相談を受けました。
「そろそろ引退も視野に入れていて、退職金の準備をしようと思っているんですが……今からでも遅くないですかね?」
この問いに、正直に答えなければなりませんでした。「遅くはないですが、もっと早く動いていれば、税金が1,000万円単位で変わっていた可能性があります」と。
退職金の税金には「勤続年数ボーナス」がある
役員退職金には、給与所得や事業所得と比べて圧倒的な税の優遇があります。その核心にあるのが「退職所得控除」という制度です。
控除額は勤続年数に応じて増えていきます。20年以下なら「40万円×勤続年数」ですが、20年を超えると計算方式が変わり、控除額が大きく跳ね上がります。具体的には、勤続20年で800万円、25年で1,150万円、30年になると1,500万円の控除が受けられます。
しかも退職所得は、控除を引いた残りをさらに1/2にしてから税率を掛ける仕組みです。同じ退職金3,000万円を受け取る場合でも、勤続20年と30年では手取りが大きく変わる——その差は、場合によっては1,000万円を超えます。
早く始めた社長が「二重に得をする」理由
退職所得控除は「何年経営しているか」ではなく、実質的に「いつから退職金の準備をしてきたか」に連動する制度です。ここに、経営者向け節税の核心があります。
生命保険や経営セーフティ共済を使って退職金を積み立てると、毎年の支払保険料や掛け金の一部(または全額)を損金に算入できます。つまり、在任中から法人税の節税が始まるのです。
たとえば年間100万円を損金算入できる保険で10年間積み立てれば、累計1,000万円が損金になります。法人税率30%なら、それだけで300万円の節税効果です。これに加えて、退職時の所得税も控除のおかげで軽減される。一度の準備で、二段階の節税が手に入ります。
「退職直前の駆け込み」では取り返せない
引退が近づいてから退職金を考え始める社長は少なくありません。しかし、そのタイミングで動いても、挽回できることは限られています。
退職所得控除は在任期間に比例して積み上がるもので、過去に遡ることはできません。今日から準備を始めれば今日から増えていきますが、これまでの時間は戻りません。
さらに深刻なのが、保険を使った積立の問題です。一部の保険商品は短期解約すると解約返戻金が大幅に目減りするため、退職直前にまとめて積み立てようとしても効果が出ません。税務署も不自然な加入パターンには目を光らせており、退職直前の駆け込み積立は税務否認のリスクも伴います。
在任中の損金算入が1〜2年分にとどまれば、10年積み立てた社長との差は歴然です。同じ退職金を受け取っていても、手元に残るお金がまったく違う結果になります。
今すぐ確認してほしいこと
退職金の最適な積立方法は、会社の規模・利益水準・社長の年齢・引退までの見込み期間によって変わります。保険を使うか、小規模企業共済を活用するか、組み合わせるか——どれが正解かは状況次第です。
ただ、一つだけ確かなことがあります。「始めるのが早いほど選択肢が広い」ということです。
もし退職金の積立をまだ本格的に考えていないなら、今期中に一度、顧問税理士と試算を出してみてください。数字を見れば、今すぐ動くべきかどうかが自然とわかります。1,000万円の差は、動くか動かないかの差でもあります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。