先日、ある製造業の社長から「役員報酬をちょっと上げただけで、なぜか手取りが減った」という相談を受けました。
詳しく聞くと、昨年の定期同額改定のタイミングで月1万円だけ報酬を引き上げたそうです。ところが翌月から社会保険料の控除額がガクッと増え、「上げた分より引かれる分のほうが多くなった」という事態に陥っていました。
これは決して珍しいケースではありません。むしろ「たった1万円の設定差」で、年間手取りが50万〜100万円単位で変わることは実際に起きています。
等級の「壁」が手取りを激変させる
カラクリは「標準報酬月額の等級制」にあります。
社会保険料は月給をそのまま使って計算するわけではありません。月給を一定の区切り(等級)に当てはめ、その等級に対応した標準報酬月額をもとに計算する仕組みです。この等級は全部で50段階あり、報酬がどの等級の境界をまたぐかによって、社会保険料が段階的に変わります。
厄介なのは、等級の幅が狭い帯域では、月給がほんの1万円変わるだけで一気に上の等級に切り替わるケースがある点です。等級が1つ上がると、社会保険料の増加額が給与の増加分を上回ることがあります。「上げたのに減った」という逆転現象は、こうして起きます。
会社負担分も含めると損失はさらに大きい
見落とされがちな点があります。社会保険料は労使折半です。つまり社長個人の手取りが減るだけでなく、会社の負担も同額増えます。
仮に等級アップにより個人の社会保険料が月5,000円増えるケースでは、会社の負担も月5,000円増えます。年間で計算すると個人6万円+会社6万円=合計12万円が、たった1万円の報酬差から生まれる追加コストになります。
ここにさらに所得税・住民税の変動が絡みます。報酬増で税率が上がるケース、逆に社会保険料増で課税所得が変わるケースなど、複合的な効果が積み重なります。最終的な手取りの差は、試算してみないと正確にはわかりません。
「年100万円の差」は誇張ではない
報酬水準、家族構成、会社の利益状況によっては、最適額からわずかにずれているだけで年間50万〜100万円規模の手取り差が生じることがあります。特に標準報酬月額の等級境界付近に報酬が設定されている場合、影響は顕著です。
よくあるパターンとして、「毎年少しずつ報酬を上げてきたら、いつの間にか最悪のポジションに入っていた」というケースがあります。一度境界を越えてしまうと、翌年の改定まで是正できません。気づいたときには1年分の損失がすでに確定しています。
3月決算の社長は今すぐ確認を
役員報酬の定期同額改定は、原則として事業年度開始から3ヶ月以内に行う必要があります。
3月決算の会社であれば、今期の改定期限は6月末です。7月以降に変更すると、変更後の報酬差額が損金不算入(会社の税務上の経費として認められない)になるリスクがあります。つまり今まさに、最終判断のタイミングです。
「去年と同じにしておこう」という判断でも、今年の等級境界に踏み込んでいる可能性はあります。また利益状況が変わっていれば、最適な報酬額も変わります。毎年必ず試算をし直すことが大切です。
正しい設定には「3つの合算試算」が必須
役員報酬の最適額を求めるには、少なくとも以下を同時にシミュレーションする必要があります。
- 社会保険料(健康保険+厚生年金)
- 所得税・住民税
- 会社側の法人税(報酬を経費計上した場合の法人税額の変化)
この3つを合算して初めて「どの報酬額が最も手取りを最大化できるか」が見えてきます。どれか一つだけを見て判断すると、最適解を外すリスクがあります。
個人の扶養控除や配偶者の収入、会社の繰越欠損など固有の事情が絡むため、汎用のシミュレーターだけで完結させるのは難しい部分があります。担当の税理士と一緒に数字を確認するのが、最も確実な方法です。
「毎年だいたいこのくらい」で決めてきた役員報酬を、一度だけ数字ベースで見直してみてください。6月末の改定期限が迫っている今が、タイミングとしては最適です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。