「三原さん、決算まであと2ヶ月なんですが……役員報酬、少し上げてもいいですか?」
先日、年商3億円の建設会社を経営するAさんからこんな連絡がありました。今期は業績が伸び、会社にキャッシュが残りそうだから、月50万円の報酬を55万円に増やしたいというご相談でした。
その気持ちはよくわかります。頑張って利益を出したぶん、自分に還元したい。でもこのタイミングでの変更は、かなり危険です。下手をすれば、増やした報酬より多い税金が発生します。
役員報酬は「年に一度しか変えられない」
役員報酬には「定期同額給与」という税務上のルールがあります。毎月同じ金額を定期的に支払う報酬だけが、法人の損金(いわゆる経費)として認められるという仕組みです。
そして金額を変えていいのは、原則として事業年度が始まってから3ヶ月以内だけ。たとえば4月始まりの会社なら、4〜6月の株主総会で決めた金額を、翌3月まで維持し続けなければなりません。
変更できるタイミングは年に一度だけ——これが役員報酬の大原則です。
期中に1円でも増やすと「差額が全額経費から消える」
ここが見落とされがちなポイントです。
期中に役員報酬を増額すると、増やした差額部分が**全額「損金不算入」**になります。損金不算入というのは、会計上は費用として処理しているのに、税務上は経費と認められない状態のこと。その金額がそのまま課税所得に上乗せされ、法人税の対象になってしまいます。
具体的に計算してみましょう。
月50万円の役員報酬を、期中に月54万2,000円に増額したとします。差額は月4万2,000円。年度の残りが9ヶ月あれば、4万2,000円 × 9ヶ月 = 37万8,000円が損金不算入になります。
法人実効税率を約34%で計算すると、約12万8,000円の余分な法人税が発生します。「たった月4万円の増額で?」と驚かれる方も多いのですが、これが税法の現実です。
法人税だけじゃない。個人の税も連動して増える
「約13万円なら……」と思ってしまいそうですが、話はここで終わりません。
役員報酬を増やすということは、個人としての収入も増えます。所得税と住民税の負担も当然上がります。さらに標準報酬月額の見直しが入れば、社会保険料も連動して増加します。
法人側の法人税増加 + 個人側の所得税・住民税・社会保険料の増加——これをトータルで計算すると、状況によっては50万円規模の差が出ることも珍しくありません。
「増やしたはずの報酬が、税金として消えていた」。そういうケースが実際に起きています。
「じゃあどうすればよかったのか」
Aさんへのアドバイスは、大きく3つでした。
まず最もシンプルな方法は、翌期の期首3ヶ月以内に改めて改定すること。今期は増額を我慢して、来期の株主総会で正式に決議する。これが一番リスクのない選択です。
次に、役員賞与(事前確定届出給与)を検討する手もあります。支給前に税務署へ届け出ることで、賞与を損金算入できる制度です。ただし届出の期限や金額の厳守が条件で、1円でもズレると損金不算入になるので、慎重な対応が必要です。
そして法人に利益を残して、将来の役員退職金の原資にするという考え方もあります。退職金は一定の計算式の範囲内で損金算入でき、個人への課税も退職所得控除が使えるため、受け取る時点での税負担が軽くなります。
どれが最適かは、会社の規模・利益の継続性・社長の年齢や将来設計によって変わります。「業績が良かった1年だけ」なのか、「これから毎年伸びていく」のかで、とるべき手が全然違います。
「決算前に少し増やそう」は最も危険な発想
役員報酬にまつわるトラブルで最も多いのが、このパターンです。決算の着地が見えてきて「利益が出そうだから報酬を増やそう」と考える。気持ちはわかりますが、それが最も税務リスクの高いタイミングです。
変えられるのは事業年度の最初の3ヶ月だけ。それを過ぎたら、業績がどれだけ良くても原則変更できません(業績が著しく悪化した場合の減額は例外的に認められるケースがありますが、増額はほぼ不可です)。
毎年の報酬設定は、期末が近づいてから慌てて考えるものではなく、事業計画を立てる段階で一緒に決めておくもの。そういう習慣をつけるだけで、無駄な税負担はぐっと減ります。
今期の役員報酬を「とりあえず据え置き」にしているなら、次の期首に向けて今から顧問税理士に相談しておくのがおすすめです。「1円変えただけで損した」ではなく、「最初から最適な金額に設定する」——それが、賢い社長の節税の第一歩です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。