先日、こんな相談がありました。
「業績が上がったから自分の報酬を100万円増やしたんだけど、手取りが思ったより全然増えてないんだよね」
製造業を営む50代の社長です。会社の利益が出た年に、自分への報酬をようやく上げた。ところが毎月の振込額を見ると、増えた実感がほとんどない。最初は税理士の計算ミスかと思ったそうです。
でも、ミスではありませんでした。むしろこれは、日本の税制が高所得者に対して持つ「構造的な罠」です。
100万円増やして、53万円が消えた
年収1,200万円の社長が1,300万円に引き上げたケースで、具体的に何が起きるか整理してみましょう。
増えた100万円に対して、まず所得税が約33万円かかります。年収1,200万円を超えるあたりは、所得税の限界税率が33%の帯に入ります。そこへ住民税の10%が乗ってくるので、税だけで合計43万円が消えます。
「税金は仕方ない」と思う方も多いでしょう。問題はここからです。
見落とされる「健康保険の等級」という罠
報酬が上がると、健康保険の標準報酬月額の等級が一段階上がることがあります。これが地味に重くのしかかります。
等級が上がれば毎月の保険料が増え、年間に換算すると約10万円の追加負担になるケースがあります。税の43万円にこの10万円が加わって、合計53万円が消える計算です。
100万円増やして、手元に残るのは47万円。増額分の半分以上が消えてしまっています。
「それでも47万円は増えているじゃないか」と思うかもしれません。ところが、話はここで終わりではありません。
会社が負担するコストは「110万円以上」
社会保険料は、社員が払う分と同額を会社も負担する仕組みです。役員報酬の引き上げによって健康保険や厚生年金の会社負担分も増えるため、会社が実際に負担するコストは100万円をはるかに超えます。
試算すると、110万円以上になることが多い。会社は110万円超を出ているのに、社長の手取り増加は47万円。この非効率さに気づかないまま毎年報酬改定を繰り返している経営者は、実は少なくありません。
なぜこんなことが起きるのか
根本的な原因は「累進課税」と「社会保険の等級制」が重なるところにあります。
所得が増えるほど税率が上がる累進課税は、年収1,000万円を超えてくると影響が大きくなります。年収1,200〜1,300万円の帯では所得税33%+住民税10%で実効税率が43%近くなり、増えた分の半分近くが税として持っていかれます。
そこへ健康保険の等級上昇が重なると、手取り増加率は50%を下回ります。頑張って稼いでも、半分以上が消えていく。これが「報酬の壁」と呼ばれる現象です。
報酬を上げる前に試算を
この問題を知っておくと、役員報酬の設計に対する考え方が変わってきます。
報酬をそのまま上げるより、退職金の積み立てや経営者向け保険の活用、あるいは社宅・社用車として経費に計上するといった「報酬以外のルート」を使うほうが、トータルで手取りが多くなるケースがあります。
「自分の年収はいくらが最も手取り効率がよいか」は、家族構成、配偶者への役員報酬の分散、会社の利益水準などによって変わります。一律の正解はなく、毎年の税制改正でも変化します。
今期の定時株主総会に向けて報酬改定を検討しているなら、上げる前に税理士に試算を依頼してみてください。「100万円増やすより、今の報酬を維持して退職金に積み立てるほうが有利」という結論が出ることも珍しくありません。報酬を決める前の30分の相談が、数十万円の差になることがあります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。