先日、ある中小企業の社長から「役員報酬って、だいたいこのくらいでいいんですよね?」と聞かれました。月100万円に設定して、もう5年間ほとんど見直していないとのことでした。

「シミュレーションはしましたか?」と聞くと、「税理士に任せているから大丈夫だと思って…」という答え。その場で試算してみると、月1万円の調整で年間30万円近く手取りが変わることがわかりました。

「え、5年間で150万円?」

その社長の顔が青ざめるのも、無理はありませんでした。

役員報酬に「最適額」が存在する理由

役員報酬は、多ければ多いほど良いわけではありません。かといって少なければ良いわけでもない。この「どちらでもない」という感覚が、意外と見落とされがちです。

仕組みはシンプルです。役員報酬を増やすと、会社の経費が増えて法人税は減ります。でも、個人の所得税と社会保険料が増える。逆に役員報酬を減らすと、個人の税負担は下がりますが、会社の利益が増えて法人税が上がります。

この二つのコストをトータルで最小化するポイントが、「最適額」です。片方を最適化しようとすると、もう一方が悪化する。これが役員報酬の本質的な構造です。

課税所得「900万円の壁」を知っていますか

役員報酬を考えるうえで、絶対に外せないのが所得税の累進課税です。

所得税率は課税所得に応じて段階的に上がっていきます。そして、課税所得が900万円を超えたあたりから、税率が急激に跳ね上がります。

たとえば、課税所得が890万円と910万円では、表面上の差は20万円です。でも税率が変わると、実際の手取りへの影響はその数倍になることがあります。さらに、所得税だけでなく住民税も連動しますし、社会保険料も報酬額に応じて上下します。

これらを合わせると、月1万円の違いが年間数十万円のインパクトになることも、決して珍しくありません。「たかが1万円」と思わないでください。

見直しのタイミングは年に一度だけ

ここで重要な点があります。役員報酬は、原則として事業年度開始から3ヶ月以内に決定しなければなりません。この期間を外れると、たとえ節税目的でも税務上の損金として認められなくなります。

つまり、3月決算の会社なら、4〜6月が見直しの唯一のチャンスです。

この時期を逃すと、次に変更できるのは1年後。「今期はいいか」とスルーすると、最大1年間、最適ではない報酬額を払い続けることになります。毎年この3ヶ月を「役員報酬の棚卸し期間」と位置づけておくだけで、無駄な税負担をかなり防げます。

「なんとなく」で決めている社長が多い現実

役員報酬の設定根拠を聞くと、「前年と同じにした」「キリがいい数字にした」「手取りで100万円欲しかったから」という答えがよく返ってきます。

感覚で決めることを否定するつもりはありません。でも、そこにシミュレーションを一つ加えるだけで、手取りが年間20〜30万円変わるケースは実際にあります。

特に、売上規模が変化した年、社員を採用した年、家族を役員にした年は、前年とまったく状況が違います。「去年と同じでいいか」は、実はいちばん危ない判断かもしれません。

具体的に何をすればいいか

やることはシンプルです。

まず、今期の決算見通しを把握する。会社の利益がどのくらい出そうかを押さえておくことが、最適額を計算する出発点になります。

次に、税理士に「役員報酬のシミュレーションをお願いしたい」と伝える。役員報酬・所得税・社会保険料・法人税を組み合わせた試算は専門家でないと正確にはできません。自分でExcelをこねくり回すより、プロに依頼するのが現実的です。

そして、3ヶ月以内に株主総会(または取締役会)で決議をとる。手続きを忘れると、せっかくの設計が無駄になります。

このプロセスを毎年の「決算後ルーティン」に組み込んでおくだけで、じわじわと手取りが積み上がっていきます。


3月決算の社長なら、今がまさに動き時です。税理士への相談はなるべく早めに入れておくことをおすすめします。繁忙期が重なると、試算の時間が取れないまま6月を迎えてしまうことも少なくないので。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。