先日、年商2億円の卸売業を営む社長から、こんな相談が届きました。
「先生、役員報酬って今から変えられますか?今期、利益が出すぎてしまいそうで…」
決算の3ヶ月前、3月のことでした。答えはシンプルです。「今期はもう変えられません」。
役員報酬は、多くの社長が「なんとなく」決めているにもかかわらず、法人税・所得税・社会保険料のすべてに影響する、会社経営の中で最も重要な意思決定のひとつです。設定を誤ると、年間で100万円以上の税負担が変わってくることも珍しくありません。
今回は、現場でよく見る「役員報酬の落とし穴」を3つに整理してお伝えします。
変更は年に一度だけ。タイミングを逃すと手遅れ
まず押さえておきたいのが、役員報酬の変更には厳格な時期制限があるという点です。
法人税法上、「定期同額給与」として認められるには、事業年度の開始から3ヶ月以内に金額を決める必要があります。3月決算の会社なら4〜6月、12月決算なら1〜3月が設定のタイムリミットです。
この期間を過ぎてから役員報酬を増額した場合、増額分は「損金不算入」として扱われ、法人税の計算上なかったものとされてしまいます。つまり、会社のお金が出ていくのに、税金は減らない。最悪のパターンです。
冒頭の社長のケースがまさにそれでした。「利益が出すぎた」と気づいたのが12月では、役員報酬という手は使えません。年に一度のこのタイミングを逃さないことが、節税の大前提です。
高すぎると所得税・社会保険料が増え、低すぎると法人税が増える
「じゃあ、報酬は高く設定しておくほど得なのでは?」とおっしゃる方もいます。ところが、それも違います。
役員報酬を高く設定すると、社長個人の所得税と社会保険料が増えます。所得税は累進課税ですから、年収が上がるほど税率も上がります。年収が2,000万円を超えると、所得税だけで45%の税率が適用されます。社会保険料と合わせると、手取りが半分以下になる水準です。
逆に、役員報酬を低く抑えすぎると、法人側に利益が残りすぎてしまいます。法人税の実効税率は、利益が800万円を超えると約34%になります。手放しに「利益が出た」と喜んでいると、その3割以上が税金として持っていかれます。
この「個人の税負担」と「法人の税負担」のバランスを取ることが、役員報酬設計の核心です。どちらかだけを最小化しようとすると、必ずもう一方で損をします。
800万円の壁を意識した設計が効く
具体的な数字で考えてみましょう。
仮に、税引き前の法人利益が1,200万円だったとします。役員報酬を変えなければ、800万円を超えた400万円の部分には約34%の実効税率がかかります。400万円 × 34% ≒ 136万円の法人税です。
ここで、役員報酬を400万円増やして、法人利益をちょうど800万円に抑えたらどうなるか。その400万円は社長個人の所得になりますが、給与所得控除や各種所得控除を差し引くと、実質的な税負担が法人税率を下回るケースがあります。
もちろん、社会保険料の等級が上がることも考慮しなければなりません。それでも、試算してみると年間50万円〜150万円の差が出ることは十分にあります。「なんとなく」決めた報酬と最適化された報酬では、これほどの開きがあるのです。
「創業時から同じ金額」が一番危ない
現場でよく見かけるのが、「創業当初から報酬を変えていない」というケースです。売上が2倍になり、利益体質に変わっても、役員報酬だけは変わっていない。
これは非常にもったいない状態です。会社の成長に合わせて、毎年きちんと見直すべきです。そして、その見直しのタイミングは必ず「事業年度開始から3ヶ月以内」。このルールだけは絶対に忘れないでください。
最適な金額は、家族構成と利益の着地次第
来期の役員報酬を最適化するためには、今期の利益がどのくらいになりそうかを早めに把握することが不可欠です。理想を言えば、決算の半年前には見通しを立てておきたいところです。
「うちはどのくらいが最適か」は、家族構成、他の収入源、社会保険の等級設計、事業の成長見込みなど、さまざまな条件によって変わります。一般的な「正解」はなく、あなたの会社と家庭の数字を使ったシミュレーションが必要です。
まだ役員報酬を「なんとなく」で決めているなら、今期の決算が締まる前に一度、税理士に試算を依頼してみてください。次の期首から最適な金額でスタートするための準備が、今からでも十分に間に合います。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。