先日、年商5,000万円ほどのサービス業を経営している社長と話していたときのことです。

「役員報酬って、多めに取れば取るほど節税になりますよね?」

そう聞かれて、少し立ち止まってもらいました。答えは「いいえ、場合によっては逆に損しています」でした。

役員報酬の金額は、あなたの手取りに直結するだけでなく、会社の法人税負担にも大きく影響します。一度も真剣に見直したことがなければ、知らないうちに年間50万円単位で損している可能性があります。

報酬を高くしすぎると「所得税」が直撃する

日本の所得税は累進課税です。稼げば稼ぐほど税率が上がる仕組みで、課税所得が695万円を超えると税率は23%、900万円を超えると一気に33%に跳ね上がります。

さらに困るのが社会保険料です。役員報酬を増やすと、それに連動して健康保険・厚生年金の保険料も上がります。標準報酬月額の上限に達するまでは、報酬が増えるたびに保険料も膨らみ続けます。

所得税33%、住民税10%、社会保険料(会社負担を合わせると約28〜30%)を足すと、報酬として受け取る1万円あたりの「実質手取り」は驚くほど少なくなります。

かといって低くしすぎると「法人税」が増える

では、報酬を抑えて会社に利益を残せばいいかというと、そうでもありません。

中小企業の法人税の実効税率は、おおよそ25〜35%程度。会社に利益が残れば、それだけ法人税を払うことになります。報酬として個人に払い出した分は会社の損金になりますが、今度は個人の所得税が増える。

結局、「法人と個人、どちらで税金を払う方が得か」というトレードオフです。そして、このバランスをどこで取るかが、手取りを最大化するポイントになります。

「交差点」を探すのがプロの技

役員報酬の最適額を考えるうえで、税理士がよく意識するのが「個人の限界税率と法人の実効税率の交差点」という考え方です。

シンプルに言うと、こういうことです。報酬を1万円増やしたとき、個人の税・社会保険が増える。報酬を1万円減らしたとき、法人の税が増える。この「増やすコスト」と「減らすコスト」がちょうど釣り合う報酬水準が、手取りを最大化するポイントです。

このラインは、会社の利益規模や他の役員への報酬額、個人の控除の状況によって変わるため、「一律いくら」という正解はありません。ご自身の数字で確認することが必要です。

実際のシミュレーション:月80万→60万で年50万円の差

先ほどの社長のケースで話を戻します。

月80万円の役員報酬を取っていたこの社長の場合、試算してみると月60万円に下げた方が年間50万円以上、手取りが増えることがわかりました。

月80万円だと課税所得が高い税率帯に入り、所得税と社会保険料のダブルパンチを受けていました。一方、月60万円にすると所得税の実質負担が下がり、社会保険料も削減されます。会社に残る利益には法人税がかかりますが、トータルで見ると手取りが大きく改善したのです。

「月収が20万円減ったのに、手取りが50万円増えた」という結果は、最初は信じてもらえませんでした。でも、数字を並べると納得いただけました。

見直す前に必ず確認しておきたいこと

役員報酬の変更には、税務上の制約があります。見直す前に以下の点は必ず確認してください。

まず、変更できるタイミングは限られています。役員報酬は原則として期首から3ヶ月以内にしか変更できません(定期同額給与のルール)。このルールを外れると変更分が損金不算入になり、節税策が逆効果になります。今期の残り期間によっては、来期に向けた準備から始める必要があります。

もうひとつは、将来の年金への影響です。標準報酬月額が下がると、将来の厚生年金受給額も減ります。目先の手取りだけでなく、老後の生活設計も含めてトータルで判断することが大切です。


まだ役員報酬を「なんとなく今まで通り」で設定しているなら、今期中に一度シミュレーションしてみることをおすすめします。税理士に「交差点のシミュレーションをお願いしたい」と伝えるだけで、数十万円単位の差が見えてくることがあります。決算期の前が最も動きやすいタイミングです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。