「役員報酬を下げたら、手取りが増えるんですか?」

こう聞かれたとき、「何を言っているんだ」と思いますよね。報酬を下げれば収入が減る—それは当たり前のように感じます。ところが先日、まさにこれを逆転させた社長の話を聞いて、改めて「報酬の設定は奥が深い」と実感しました。

月80万円でも、手元に残るのはいくら?

建設業を営む田中社長(仮名・48歳)、年商は約2億円です。個人の役員報酬は月80万円。数字だけ見れば悪くない水準に思えます。

ところが実際には、所得税・住民税・社会保険料の本人負担を合計すると、年間で約250万円が引かれていました。月換算で20万円超が税金と保険料に消えていく計算です。

「これだけ売上があるのに、なぜ手元が苦しいのか」と感じていた理由が、この数字を見て初めて腑に落ちたそうです。

「払いすぎていた」に気づいた瞬間

担当税理士が試算を見せたとき、田中社長は思わず声を上げたといいます。「こんなに持っていかれているとは知らなかった」と。

役員報酬は会社の経費として法人税の負担を下げる効果があります。ただ、個人の手元に入った瞬間に所得税と住民税がかかり、さらに社会保険料の本人負担も差し引かれる。この「二重の負担」が、意外と見落とされがちなのです。

中小企業の社長に多いのが「売上が伸びたから報酬も増やそう」という発想です。結果として報酬が高くなりすぎ、手取りの割合がどんどん下がっていく—という皮肉な状況が生まれます。

役員報酬を引き下げた結果、何が起きたか

税理士の提案を受け、田中社長は役員報酬を大幅に引き下げました。会社の状況に応じた最適な水準に設定し直したところ、個人の所得税・住民税が激減し、社会保険料の本人負担も連動して下がりました。

その差引で、年間約200万円分の手元資金が増えたのです。

報酬が下がっているのに、手取りが増えた。これは「税金と社会保険料の減少額が、報酬の減少額を上回った」という逆転現象です。高い報酬に対して高い税率がかかっていた状態から抜け出した効果が、そのまま数字に出た形になります。

会社に残った利益は「将来の自分」へ

報酬を下げた分、会社側では利益が増えます。田中社長はその利益を、退職金の積立に振り向けました。

退職金は受け取り時の税負担が現役時代に比べて大幅に軽くなります。勤続年数に応じた控除が大きく、しかも通常の所得とは別に計算される「分離課税」が適用されるためです。長期間しっかり積み立てれば、まとまった金額を手元に残すことができます。

今の手取りを増やしながら、将来の備えも同時に厚くする—これが役員報酬の最適化の本質です。

「自分にも使えるか」の前に確認すべきこと

田中社長のケースはあくまで一例です。役員報酬を引き下げることで得られる効果は、会社の収益状況や家族構成、社長個人の他の収入源によって大きく変わります。

いくつか注意点を挙げておきます。

  • 社会保険の将来への影響: 報酬を下げると健康保険の標準報酬が変わり、将来の年金受給額にも影響が出ます。保険料が減る一方で、老後受け取れる額も変わることを念頭に置く必要があります
  • 定期同額給与のルール: 役員報酬は期首から3か月以内に決定し、原則として年度中は変更できません。タイミングを誤ると損金算入ができなくなるため、来期の設定は早めに動くことが鉄則です
  • 生活費の確保: 個人の資金不足を補う方法はいくつかありますが、それぞれに税務上のルールがあります。「とりあえず会社から出せばいい」という考え方は危険です

今の設定、根拠を言えますか?

現在の役員報酬の金額を、なぜその額に設定したか、明確に答えられますか?

「なんとなく増やしてきた」「前期と同じにした」という設定のまま、毎年多額の税金と社会保険料を払い続けている社長は少なくありません。

役員報酬の最適化を検討するなら、決算から3か月以上前に動き出す必要があります。今期の着地利益を早めに把握し、そこから逆算して来期の設定を考える—このサイクルを意識するだけで、手元に残るお金は確実に変わります。

今の報酬設定が本当に最適かどうか、一度税理士に試算を依頼してみてください。「払いすぎていた」という発見があるかもしれません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。