「役員報酬を1000万円より800万円にした方が、手取りが多くなりますよ」と伝えると、ほとんどの社長は「え?」という顔をされます。
誤植でも冗談でもありません。累進課税と法人税の税率差を理解すれば、ごく当たり前に出てくる計算です。先日、設立4年目の建設業の社長と一緒に数字を出したところ、「こんなに違うとは思っていなかった」と目を丸くされました。
役員報酬1000万円、本当の手取りは730万円
役員報酬は給与所得として扱われます。ということは、所得税・住民税に加えて、健康保険・厚生年金などの社会保険料もかかってきます。
年間1000万円の報酬を受け取ると、これらの合計負担額は約270万円。実際に手元に残るのは730万円ほどです。「1000万円もらっているのに、手取りが730万円しかない」というのが現実の数字です。
所得税は累進課税なので、報酬が高くなるほど税率も上がります。1000万円前後の所得帯では、稼いだお金のうちかなりの割合が税と保険料に消えていく計算になります。「稼げば稼ぐほど持っていかれる感覚」は、感覚ではなく事実なのです。
800万円に下げたとき、何が起きるか
役員報酬を200万円削って800万円に設定した場合、個人の手取りは596万円程度になります。一見、大幅な損をしたように見えます。
ところが、差額の200万円は会社に残ります。会社の利益には法人税がかかりますが、資本金1億円以下の中小企業には軽減税率が適用され、年800万円以下の所得部分は15%で済みます。
200万円 × 15% = 30万円の法人税を払っても、170万円が会社の手元に残ります。
ここで個人と法人を合算してみると、
- 1000万円設定:個人手取り730万円
- 800万円設定:個人手取り596万円 + 会社の残り170万円 = 合計766万円
差額はなんと36万円。800万円設定の方が多く残る計算になります。
逆転が起きる理由は「税率の差」
この逆転現象の正体は、個人の所得税率と法人税率の差にあります。
個人の所得税は累進課税で、年収1000万円前後では実効税率が30%を超えてきます。一方、中小企業の法人税は所得800万円以下の部分に15%が適用されます。同じ「200万円」を個人でもらうか、会社に残すかで、税負担がおよそ2倍変わってくるのです。
「だったら役員報酬はゼロにすればいい」と思われるかもしれませんが、それはまた別の問題を生みます。社会保険の給付水準が下がる、住宅ローンや賃貸の審査で困る、生活費が賄えないなど、現実的なデメリットが出てきます。ゼロにすればいいという話ではなく、「最適な配分をどこに置くか」が大切です。
会社に残ったお金は「死に金」じゃない
会社に残った170万円は、使えないお金ではありません。むしろ、うまく活用することで個人の税負担をさらに下げることができます。
たとえば、役員退職金の積み立てに充てれば、将来大きな節税効果が生まれます。出張旅費規程を整備しておけば、出張時の実費を非課税で受け取れる仕組みも作れます。会社の設備投資や採用のための資金として使えば、事業の成長にもつながります。
個人の口座に移すと税金で削られるお金が、法人の口座に置いておくことで「生きたお金」として働く。これが「法人を使った節税」の基本的な発想です。
役員報酬は、一度決めたら1年間変えられない
ここで一つ大切な注意点をお伝えします。役員報酬の金額は、事業年度が開始して3カ月以内に決めたら、原則として1年間変更できません。期中に業績が変わっても、よほど特別な事情がない限り、変更すると「不相当に高い報酬」として税務上のペナルティを受けるリスクがあります。
「なんとなく1000万円にしておこう」と設定した金額が、期中に見直したくても変えられない。この硬直性があるからこそ、毎期の期初に「本当にこの金額でいいか」を真剣に考えることが重要です。
今回の試算はあくまで一例で、会社の規模や業種、個人の生活費の水準によって最適な金額は変わります。「800万円が正解」ということではなく、「個人と法人を合算してシミュレーションする」という発想を持つことが大切です。
決算前に一度だけ試算してほしい
役員報酬を「きりのいい金額」で設定している社長は、実は珍しくありません。でも年間36万円の差が10年続けば360万円です。根拠なく損している金額としては、かなり大きい数字ではないでしょうか。
次の決算前後に、個人手取りと法人の残高を合わせてシミュレーションしてみてください。税理士に「役員報酬の最適化をシミュレーションしてほしい」と一言伝えるだけで計算してもらえます。ちょっとした見直しで、毎年の手取りが数十万円単位で変わることは珍しくありません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。