先日、年商3億円の製造業を経営している田中社長(仮名)からこんな相談を受けました。
「顧問税理士には特に何も言われていないんですが、報酬額ってそのままでいいんでしょうかね?」
話を聞いてみると、役員報酬は創業当初から大きく変えておらず、年間1,200万円に設定したまま。根拠は「同業の社長がそのくらいらしいから」。思わず苦笑いしてしまいました。
実はこのパターン、驚くほど多いんです。そして、なんとなく決めた報酬額が、年200万円以上の損につながっているケースも珍しくありません。
報酬を上げるほど、手元が減る逆説
「稼ぎが増えれば、もらう報酬も増やしていい」と思っている社長は多いです。感覚としては自然ですよね。でも税金の仕組みを知ると、これが少し危うい考え方だとわかります。
法人が利益を出したときにかかる法人税の実効税率は、中小企業であれば概ね23〜25%程度。一方、役員報酬として個人が受け取ると、所得税と住民税を合わせた税率は報酬額が上がるにつれて跳ね上がります。課税所得が900万円を超えると税率は33%、1,800万円超では50%を超える水準になります。
つまり、報酬を高く設定して個人で受け取るより、利益を法人に残しておくほうが、税率が低く済むケースがある。これが「逆転ポイント」の考え方です。
田中社長に何が起きていたか
田中社長のケースに戻りましょう。年間1,200万円の役員報酬を受け取っていたため、所得税・住民税の負担は相当な水準になっていました。一方で、法人側の利益は報酬で圧縮されていたため、法人税の節税効果も十分には活かせていない状態。
そこで報酬額を年800万円に引き下げ、法人に利益を残す設計に変更しました。法人に残った利益は、将来の退職金の原資や設備投資の資金として活用できます。
結果として、法人・個人の税負担を合算した手取りベースで、年間200万円以上の改善。報酬を「下げた」のに、手元に残るお金が「増えた」わけです。
最適な報酬額の目安はどう考えるか
「じゃあ報酬は低ければ低いほどいいのか」というと、そうでもありません。報酬が低すぎると、今度は社会保険料の計算に影響したり、個人の生活資金が不足したりと別の問題が出てきます。
一般的な目安として意識しておきたいのは、以下の3点です。
- 所得税の税率が大きく跳ね上がる課税所得900万円の手前に収めるかどうか
- 社会保険料の負担(報酬を下げると保険料も下がるが、将来の年金受給額にも影響)
- 家族への給与(配偶者や家族が役員・従業員であれば、そちらとの分散も選択肢に)
これらを一つひとつ整理しながら、「法人と個人、どちらで課税されるほうが有利か」を試算するのが正しいアプローチです。
変更できるタイミングは年に一度だけ
ここで必ず知っておきたい注意点があります。役員報酬は、原則として事業年度の開始から3ヶ月以内にしか変更できません。期中に「やっぱり下げよう」と思っても、税務上の損金(経費)として認められなくなるリスクがあります。
決算が終わった直後、次の期が始まるタイミングこそが、報酬額を見直す絶好のチャンスです。「来期の業績見通しはどうか」「今期の利益着地はどうなりそうか」を踏まえて、早めに税理士と相談しておくことをおすすめします。
「なんとなく」が一番もったいない
役員報酬は、会社の利益計画と個人の手取りを同時に最適化できる、数少ないコントロールポイントです。にもかかわらず、「創業時から変えていない」「同業の社長がそのくらいだから」という理由で放置しているケースは本当に多い。
田中社長のように、見直すだけで年200万円変わることもあります。家族構成、社会保険、退職金の設計、将来の事業承継。絡む要素は複数あるので、自己判断よりも必ず税理士に試算を依頼してください。
まだ一度も報酬額の最適化シミュレーションをしていないなら、今期の決算が終わる前に、ぜひ税理士に「うちの最適報酬額、一緒に計算してもらえますか?」と声をかけてみてください。その一言が、年間数百万円の差を生むかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。