先日、ある元社長からこんな話を聞きました。

30年間、身を粉にして会社を育て上げ、いざ引退という段になって、退職金の金額を巡って親族の株主と大揉めしたというのです。長年一緒に苦労してきたはずの身内との間に、最後の最後で深い溝ができてしまった。想像するだけで胸が痛くなる話です。

なぜ「いくらが妥当か」で揉めるのか

原因は単純で、役員退職金の金額を決める根拠が会社のどこにもなかったことです。

役員退職金は、社長が「これくらいだろう」と自分の感覚で決めていいものではありません。会社法上、定款に定めがあるか、株主総会の決議を経る必要があります。この手続きを踏んでいないと、そもそも支給自体の正当性が問われかねません。

規程がない状態で金額の話し合いを始めると、株主それぞれが「多すぎる」「少なすぎる」と自分なりの相場観をぶつけ合うことになります。判断基準がないのですから、意見がまとまるはずがありません。長年の信頼関係があるほど、こじれたときの反動も大きくなります。

実務で使われる計算式

こうしたトラブルを避けるために、実務では次の計算式が広く使われています。

最終月額報酬 × 在任年数 × 功績倍率

例えば最終月額報酬が150万円、在任年数が30年、功績倍率を社長職の目安である3.0倍とすると、150万円×30年×3.0倍で1億3,500万円という金額が導き出されます。感覚ではなく、誰もが同じ計算式から同じ数字にたどり着ける。これが規程の一番の価値です。

功績倍率は社長3.0倍、専務2.4倍、常務2.2倍といった相場観が実務上は存在しますが、会社の業績や在任中の貢献度によって調整されるべきものでもあります。だからこそ、この倍率をあらかじめ規程として明文化しておくことが重要になります。

議事録まで揃えて初めて盤石になる

規程を作るだけでは実は不十分です。実際に退職金を支給する際は、株主総会で金額を決議し、その議事録をきちんと残しておく必要があります。

税務調査では、退職金が「不相当に高額」と判断されると、その超過部分が損金として認められません。功績倍率法に基づいた計算根拠と、それを裏付ける決議の議事録がセットで揃っていれば、税務署に対しても、そして将来の株主に対しても、堂々と説明ができます。

逆に言えば、根拠となる書類が何もない状態は、税務リスクと親族間トラブルのリスクを同時に抱えているということです。どちらも、引退という一番大事な場面で牙をむいてきます。

元気なうちに整えておく

この元社長は「いくらが妥当かも分からなかった」と振り返っていました。裏を返せば、規程さえ先に作っておけば、揉める余地そのものがなかったということでもあります。

退職金規程は、経営がうまくいっている時期にこそ作っておくべきものです。引退を意識し始めてから慌てて整備しようとしても、金額の話し合いが先に始まってしまい、後付けの規程は説得力を持ちません。

まだ役員退職金規程を作っていない、あるいは作ったきり見直していないという方は、今期のうちに定款の定めと株主総会決議、そして功績倍率の設定まで、一度きちんと整理しておくことをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。