先日、製造業を営むある社長からこんな相談を受けました。
「後継者はもう決まっている。でも、株を渡した瞬間に自分の発言力がゼロになるのが怖い」
株式を譲る、つまり所有権を移すことと、経営の舵を握ることは、実は分けて考えることができます。その道具が種類株式です。
株を渡しても、舵は渡さないという選択
会社法では、1種類の株式だけでなく、権利内容の異なる株式を複数発行することが認められています。代表的なのが「議決権制限株式」と「拒否権付株式(いわゆる黄金株)」です。
議決権制限株式は、配当などの財産権はあるものの、株主総会での議決権が制限された株式です。後継者以外の子どもに相続させる株式をこの形にしておけば、財産は公平に分けつつ、会社の意思決定は後継者に集中させられます。
一方の拒否権付株式は、たった1株でも、取締役の選任や重要な事業譲渡といった特定の決議事項に対して拒否権を持たせられる株式です。先代がこの1株だけを手元に残しておけば、普通株式の大半を後継者に譲渡・贈与しながらも、いざというときに経営に待ったをかけられる立場を維持できます。
承継の「移行期」だからこそ効く
ここで大事なのは、これが永続的な支配の仕組みではなく、承継の移行期をなだらかにするための設計だという点です。
後継者が実務にまだ不慣れな段階で、いきなり全権を渡すのは経営リスクにもなります。かといって株を渡さなければ、相続財産としての株価がどんどん積み上がり、将来の相続税負担が重くなっていく。
種類株式を使えば、財産としての株式は計画的に後継者へ移しながら、意思決定のコントロールだけは先代が数年かけて手放していく、という時間差を作れます。実際に、承継後3〜5年は先代が黄金株を保持し、後継者の経営が安定した段階で普通株式に転換・消却するという設計を組む事例もあります。
導入前に押さえておきたい注意点
便利な仕組みですが、いくつか注意点もあります。
まず、種類株式の発行には定款変更が必要で、株主総会の特別決議を経なければなりません。既に株主が複数いる場合は、その合意形成にも時間がかかります。
また、黄金株を先代が持ち続けること自体が、後継者や他の株主との間で「いつまで口を出すのか」という心理的な摩擦を生むこともあります。拒否権を発動する場面をあらかじめ限定し、株主間契約などで運用ルールを明文化しておくと、後々のトラブルを避けやすくなります。
さらに、事業承継税制(法人版)の特例措置を使う場合は、対象となる株式の種類や議決権の扱いに一定の要件があります。種類株式の設計次第で特例の適用可否が変わることもあるため、税制の要件と株式設計は必ずセットで検討する必要があります。
株価評価への影響も見落とせません。議決権制限株式や拒否権付株式は、相続税評価の計算方法が普通株式と異なる場合があり、設計を誤ると想定より評価額が下がらない、あるいは思わぬ形で上がることもあります。
株を譲ることと、経営権を手放すことは、本来別々に決められる問題です。もし後継者への株式移転を検討していて、経営権の空白期間が不安なら、種類株式という選択肢を一度、顧問税理士や司法書士と一緒に検討してみるのがおすすめです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。