先日、創業から40年という会社を売却されたばかりの元社長から、こんな話を聞きました。「実は今でも、あの株のことを思い出すと胃が痛くなるんです」と。
聞けば、会社を立ち上げた当初、知人に名義を借りて株式を持たせていたのだそうです。当時は発起人の人数要件など、一人で全株式を持てない事情があり、周囲でもよくある話でした。
ところが数十年後、その名義を借りていた知人が亡くなったことをきっかけに、思わぬ形で表面化しました。名義上は知人のものになっている株式について、「これは誰の財産なのか」で親族との間に意見の食い違いが生まれてしまったのです。
税務の世界には「実質所得者課税の原則」という考え方があります。株式の名義が誰であっても、実際に資金を出し、配当を受け取り、議決権を行使してきたのが本人であれば、課税上は本人の財産として扱われます。つまり名義株であっても、実質的な所有者である元社長に相続税がかかる可能性が高いのです。
ここで厄介なのが、「実質的に誰のものか」を証明する作業です。株式取得時の払込みを誰がしたか、配当金の振込先はどこか、株主総会の議決権を実際に行使していたのは誰か。こうした記録が曖昧なまま何十年も放置されていると、相続の段になって突然、証拠集めに奔走することになります。
実際にこの元社長も、名義人である知人の遺族から「これはうちの財産では」と主張され、整理に半年以上かかったと振り返っていました。感情的なもつれも重なり、決して気持ちのいい交渉ではなかったそうです。
名義株を整理する方法自体は、難しいものではありません。実質所有者名義に変更する手続きを取ればよいだけです。ただし注意したいのは、この名義変更が税務上「贈与」や「譲渡」とみなされてしまうケースがある点です。
もともとの実質所有者が誰であったかをきちんと証明できれば、単なる名義の是正として扱われ、新たな課税は発生しません。しかし証明が不十分だと、名義人から実質所有者への贈与、あるいは株式の譲渡があったとみなされ、贈与税や譲渡所得税が課される恐れがあります。
つまり「早く名義を戻せばいい」という単純な話ではなく、過去の経緯を裏付ける資料をそろえたうえで、税理士や弁護士と一緒に整理の方法を設計する必要があるということです。放置すればするほど資料も記憶も薄れ、証明のハードルは上がっていきます。
もし会社の株主名簿に、実態とは異なる名義の株式が残っているなら、次の相続を待たずに一度専門家に相談しておくことをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。