先日、顧問先の社長からこんな相談を受けました。
「うちは家族仲がいいので、遺言はまだいらないと思うんです」
息子さんを後継者に据えて、事業承継の準備はほぼ整っている。それでも遺言だけは後回しにしている、という社長は実は少なくありません。
ですが、この「家族仲がいいから大丈夫」という前提こそが、一番危ういポイントだったりします。
遺言がないと、自社株も「話し合い次第」になる
遺言書を残さないまま社長が亡くなると、自社株を含む遺産はすべて相続人全員による遺産分割協議の対象になります。
ここで重要なのは、後継者に経営を任せるつもりだったとしても、それは社長の頭の中にあっただけの話だということです。法的な効力を持つ形で意思表示をしていなければ、他の相続人には一切拘束力がありません。
仲がいい家族であっても、いざ遺産分割の話し合いが始まると空気が変わることはよくあります。自社株の評価額が数千万円、時には億単位になるケースもあり、金額が大きくなるほど「平等に分けてほしい」という主張が出やすくなるからです。
株が分散すると、経営そのものが不安定になる
仮に後継者である長男が5割、他のきょうだい2人が2.5割ずつ自社株を相続したとします。この時点で、後継者は単独では会社の重要な意思決定ができなくなります。
定款変更や合併、増資といった特別決議には株主総会の3分の2以上の賛成が必要です。きょうだいの誰か一人でも反対すれば、後継者の経営判断は簡単に止まってしまいます。
さらに厄介なのは、相続した株を「現金化したい」と考えるきょうだいが出てきた場合です。非上場株式は買い手がつきにくいため、結局は会社や後継者が買い取ることになり、想定外の資金負担が発生します。
仲が良かったはずのきょうだい関係が、株主としての利害対立に変わってしまう。これが「争族」と呼ばれる状態の典型例です。
遺言で承継先を明確にするのが、会社を守る基本
こうした事態を避ける一番シンプルな方法が、遺言書で自社株の承継先をはっきり指定しておくことです。
遺言があれば、自社株は遺産分割協議を経ずに指定した後継者へ直接承継されます。話し合いの余地がなくなる分、経営の空白期間や株式分散のリスクを大きく減らせます。
もちろん、他の相続人には遺留分という最低限の取り分があるため、遺言さえあれば万事解決というわけではありません。生命保険を活用して代償交付の原資を用意しておく、生前に一定の資産を分けておくといった組み合わせが必要になる場合もあります。
ただ、何も対策をしないまま相続を迎えるのと、遺言で意思を明確にしておくのとでは、後継者が置かれる状況はまったく違います。
家族仲がいいことと、遺産分割協議がすんなりまとまることは、残念ながら別の話です。まだ遺言を用意していないなら、自社株の承継先だけでも早めに明文化しておくことをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。