先日、愛知県で製造業を営む田中社長(仮名)から、こんな相談を受けました。
「自分が育てた会社を息子に継がせたいんですよ。でも株式の評価が2億円近くあって、このまま相続になったら税金だけで5000万円近くかかるって聞いて……後継者に最初からそんな重荷を背負わせたくない」
その言葉には、経営者としての責任感と、親としての思いやりが滲んでいました。そしてこれは、田中社長だけの悩みではありません。業績の良い会社を持つオーナー社長ほど、この問題に直面します。
業績が良いほど、相続税の壁が高くなる
非上場株式の評価は、会社の業績や純資産をもとに算出されます。つまり、会社が大きく成長すればするほど、株式の評価額も上がる。そして上がるほど、相続税の負担も重くなるという、業績が良いのに報われない皮肉な構造があります。
田中社長の場合、株式評価は約2億円。そのまま相続が発生すれば、株式分だけで数千万円規模の税負担が後継者にのしかかります。しかも非上場株式は簡単には売れません。後継者は承継した瞬間から、手元資金の工面に追われることになってしまいます。
「会社を潰さないために、借金してでも税金を払う」という状況に追い込まれた後継者の話を、私はこれまでに何度も聞いてきました。
事業承継税制の「特例措置」という切り札
こうしたケースのために設けられたのが、事業承継税制の特例措置です。
一言で言えば、「要件を満たし続ける限り、非上場株式の相続税・贈与税を100%猶予する」制度です。後継者が株式を手放したり要件を外れたりしなければ、実質的に税負担ゼロで株式を次世代に渡せます。
ここで押さえておきたいのが2027年12月末という期限です。この特例を活用するには、期限内に必要な手続きを完了させる必要があります。「まだ先の話」と思っているうちに気づいたら時間切れ——そういうケースが後を絶ちません。計画から完了まで最低でも1年はかかることを考えると、今すぐ動き始めるくらいがちょうどいいのです。
田中社長が1年かけて整えたもの
田中社長は税理士と認定支援機関を巻き込み、約1年をかけて承継準備を進めました。大まかな流れはこうです。
まず「特例承継計画」を策定し、都道府県知事の確認を受けます。これが制度活用の入口です。計画書には、後継者の氏名や承継時期、経営目標などを記載します。
次に、後継者への株式贈与を実行し、翌年の確定申告期限内に税務署へ贈与税の申告と猶予申請を提出。この手続きを経て、田中社長の息子さんが引き継いだ2億円分の株式に対する贈与税が、要件を維持する限り猶予され続けることになりました。
「こんな制度があるとは知りませんでした。早く動いてよかった」——手続き完了後、田中社長はそうおっしゃっていました。
猶予を維持するための「条件」を甘く見ない
ただし、制度には維持しなければならない要件があります。特に重要なのが、承継後5年間の雇用維持です。承継前の従業員数の一定割合を5年間にわたって維持し続けることが求められます。
もし要件を外れてしまうと、猶予されていた税額に利子税を加えた金額を一括で納付しなければなりません。「もらえたと思っていたのに、後から請求が来た」という事態になりかねないので、承継後も継続的なモニタリングが欠かせません。
それでも何も手を打たずに億単位の相続税を後継者に押し付けるよりは、はるかに賢明な選択です。要件の管理は少し手間がかかりますが、きちんと税理士とコミュニケーションを取り続ければ対処できます。
動くなら今しかない
2027年12月末まで、残り約1年半。計画書の策定・提出から承継手続きの完了まで逆算すると、動き始められる猶予はそれほど多くありません。
特に株式評価が高い会社を持ち、後継者への承継を視野に入れているなら、まず税理士や認定経営革新等支援機関(認定支援機関)に「自社がこの制度の対象になるか」を確認することから始めてください。対象外のケースもあるので、まず適用可否を見極めるのが先決です。
期限は誰にとっても平等に近づいています。後悔する前に、一歩踏み出してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。