先日、顧問先の社長からこんな相談を受けました。「業績が良くなってきたので、そろそろ役員報酬を上げようと思うんですが、どうでしょう?」と。

利益が出てきた。自分の報酬も増やしたい。その気持ちはまったく自然です。ただ、「単純に上げればいい」とならないのが役員報酬の難しいところで、税の世界ではそう簡単にはいきません。

上げれば上げるほど税率が跳ね上がる

日本の所得税は累進課税です。収入が増えるほど段階的に税率が引き上げられ、最高税率は45%。そこに住民税10%を加えると、合計55%という水準に達します。

仮に役員報酬を年間300万円引き上げたとしましょう。この300万円が最高税率帯(課税所得4,000万円超)に乗る場合、手元に残るのは約135万円です。165万円が税金として持っていかれる計算になります。「もらえばもらうほど損」という感覚、少し腑に落ちてきたでしょうか。

会社に残せば解決?実はそう単純でもない

「なら報酬を抑えて、会社に利益を積み上げればいい」という発想になりますよね。

たしかに、法人税の実効税率は個人の最高税率より低いケースが多い。所得が年800万円以下の部分には約22%、800万円を超える部分には約34%程度が適用されます。個人の55%と比べれば、法人側に残す方が税負担は軽くなります。

ただし、会社にお金を残しても「自分が自由に使えるお金」ではありません。将来的に役員退職金や配当などの形で取り出す必要があり、そのタイミングでまた課税が生じます。「会社に留める=ゴール」ではなく、あくまで課税タイミングを後ろにずらす戦略と捉えてください。

個人税率と法人税率の「損益分岐点」を狙う

ここで重要になるのが、個人税率と法人税率の損益分岐点という考え方です。

個人にかかる実効税率が低い帯では、報酬を増やして個人で受け取る方が有利です。しかし個人の税率が法人税率を超えてくるポイントからは、それ以上の報酬アップは「税金に払うだけ」になりかねません。

目安として、課税所得が900万円を超えると個人の税率(所得税+住民税)は33%を超えてきます。このあたりから法人税率との逆転が始まるイメージです。「個人の税率が法人税率を下回っている範囲で受け取り、それ以上は法人に留める」という設計が、税負担の最小化につながります。

見落としがちな社会保険料の重み

役員報酬の最適化を考えるとき、意外と見落とされるのが社会保険料です。

報酬が増えると健康保険・厚生年金の保険料も上がります。会社と個人の折半負担なので、報酬を上げれば会社側のコストも膨らむ。年収1,500万円を超えたあたりで保険料は上限に達しますが、その手前の報酬帯では「税金+社会保険料」を合算した実質的な手取り額で比較しないと、正確な判断ができません。

「税率を下げた」つもりが、社会保険料を考慮すると実質的な負担はほとんど変わらなかった、というケースも珍しくありません。

最適額は「その人の状況」次第

結論として、役員報酬の正解は一概に言えません。現在の報酬水準、他の所得(不動産・配当など)の有無、法人の利益水準、配偶者への役員報酬活用の可否、退職金の積み立て計画——これらの条件によって最適解はまったく変わります。

ひとつ確かなのは、「とりあえず上げる」「とりあえず抑える」という判断は、大きな機会損失を招く可能性があるということです。

役員報酬は定期同額給与のルール上、原則として期の途中で変更できません。変更できるのは事業年度開始から3か月以内。決算が近づいてから慌てても手遅れです。

来期の利益水準が見えてきたタイミングで、一度試算してみることをおすすめします。年300万円の設計次第で手取りが165万円変わるなら、検討する価値は十分にあるはずです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。