先日、年商2億円ほどの建設業の社長と話していたとき、こんな言葉が出てきました。「そろそろ引退しようと思っているんだけど、退職金をほとんど準備してこなかったんだよね」と。

65歳まであと3年。今から動いても、取り戻せる時間はもう少ない。「もっと早く知っていれば」という後悔は、税務の世界ではとりわけ重くのしかかります。

同じ後悔をしてほしくないので、今日は退職金の準備をゼロのまま放置していた場合に起きる3つの損失をお伝えします。

退職所得控除の「積み上げ」が丸ごと消える

退職金には「退職所得控除」という、非常に優遇された税制が用意されています。簡単に言えば、長く経営してきた分だけ控除額が大きくなる仕組みです。

勤続年数が20年を超えると、1年ごとに70万円ずつ控除枠が上乗せされていきます。社長歴30年であれば、20年分の800万円に加えて残り10年×70万円=合計1,500万円が控除されます。しかも退職所得は「(退職金-控除額)÷2」で計算されるため、同じ金額を給与でもらうよりはるかに税負担が軽いのです。

ところが退職金がゼロであれば、この控除枠はすべて無駄になります。いくら控除枠を育てていても、使う退職金がなければ意味がありません。「控除枠だけは立派だった」というのは、よくある悲劇のひとつです。

役員退職金は「原資」がなければ出せない

法人を経営している社長にとって、役員退職金は引退時の最大の節税手段です。退職金の支払いは法人の損金になるため、たとえば3,000万円の退職金を支払えば、そのまま法人税の課税対象から外れます。

さらに受け取る側も有利です。退職所得控除が適用されるため、同額を役員報酬として受け取るよりもはるかに少ない税負担で済みます。会社にも社長個人にもメリットがある、まさに「最後の大きな節税」と呼べる手段です。

ただし、ここには絶対的な前提条件があります。原資がなければ出せないのです。

毎月の役員報酬から積み立てておく、生命保険を活用して準備しておくなど、計画的に備えていなければ、いざ引退のタイミングになっても「お金がない」という話になります。制度としては完璧でも、資金手当てがなければ絵に描いた餅です。

小規模企業共済を知らないまま時間だけが過ぎる

もうひとつ、社長が見落としがちなのが「小規模企業共済」という制度です。中小企業の経営者や個人事業主が加入できる退職金の積立制度で、月1,000円から最大7万円まで掛金を自由に設定できます。

最大のポイントは、掛金の全額が所得控除になることです。月7万円×12ヶ月=年間84万円を毎年所得から差し引けるため、所得税と住民税の節税効果は積み重なると相当な額になります。

さらに将来受け取るときも退職所得として扱われるため、退職所得控除の恩恵も受けられます。積み立て時にも受け取り時にも税優遇が効く、珍しい二重構造の制度です。

「そんな制度があったのか……」と60代になってから気づいても、加入できる期間が短すぎます。30代・40代から始めれば、65歳までに掛金だけで1,500〜2,000万円以上を積み上げることも十分現実的です。

時間だけは買い戻せない

退職金の準備に共通しているのは、時間が最大の資産だということです。退職所得控除は勤続年数が長いほど有利になり、小規模企業共済は早く始めるほど積立額が増えます。役員退職金の原資も、積立期間が長いほど多く用意できます。

どれも「老後になってから慌てて」では間に合わないか、効果が大きく損なわれます。40代・50代であれば、今日始めるのが最も正解に近い選択です。

もし退職金の準備をまだ何もしていないなら、まずは顧問税理士に「引退までの出口設計を一緒に考えてほしい」と相談してみてください。65歳の自分が後悔しないために、今動けることは必ずあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。