先日、製造業を営む60歳の社長から、こんな相談を受けました。
「税理士さん、そろそろ引退を考えているんですが、退職金って今からでも間に合いますか?」
結論から言うと、「間に合うけれど、遅れた分のコストは確実に発生します」。この相談を受けるたびに、もっと早く来てくれたら——と率直に思います。今回は、退職金の準備を後回しにした社長が65歳で後悔する3つのポイントを、具体的な数字とともにお伝えします。
後悔① 退職所得控除は「加入年数」で決まると知らなかった
退職金には「退職所得控除」という大きな非課税枠があります。勤続20年以下なら1年あたり40万円、20年を超えた分は1年あたり70万円が非課税になる仕組みです。
たとえば30年加入していれば、800万円(20年分)+700万円(10年×70万円)=1,500万円が丸ごと非課税になります。
ここで見落としがちなのが、この「年数」は在職期間ではなく退職金制度への加入期間で計算されるという点です。60歳から積み立てを始めて65歳で引退した場合、加入期間はわずか5年。非課税枠は200万円しかありません。
一方、40歳から始めていれば25年の加入で1,150万円の非課税枠になります。その差は950万円。この950万円に所得税・住民税がかかってくるわけですから、スタートの遅れは数百万円単位の損失に直結するのです。
後悔② 毎年の節税チャンスを何十年も見逃していた
退職金準備の代表的な手段のひとつが小規模企業共済です。個人事業主や中小企業の役員が加入できる制度で、積み立てた掛金は全額、所得控除として使えます。
月の掛金は最大7万円。年間84万円が丸ごと課税所得から引けます。課税所得が1,000万円を超えている社長なら実効税率は30〜40%ほどですから、毎年25〜34万円の節税効果が生まれる計算です。
これを40歳から始めると、65歳までの25年間で節税総額は625万〜850万円にのぼります。60歳から始めた場合は5年分で125万円前後。その差は500万円以上になることもあります。
「始めようとは思っていたんですが」——この言葉をよく耳にします。でも、始めていない1年間は、税金を余分に払い続けた1年間とイコールです。
後悔③ 廃業・承継のタイミングで手元にお金がなかった
経営者の「出口」には大きく3つあります。後継者への承継、M&A、そして廃業です。どのパターンでも、経営者自身が受け取る退職金は重要な役割を果たします。
しっかり積み立てていれば、節税しながら老後の生活資金を確保できます。逆に退職金がゼロのまま出口を迎えると、会社の内部留保や個人資産から生活費を捻出しなければなりません。廃業コスト(従業員への退職金、設備の処分費など)も全額が自己負担です。
もうひとつ見落とされがちなのが、個人財産として貯め込んだ場合の相続税リスクです。退職金として受け取れば手厚い非課税枠を活用できますが、個人資産のまま残すと相続税の対象になります。出口の設計を誤ると、長年積み上げた資産が大きく目減りすることもあります。
「なんとかなる」が一番怖い
社長の老後は、サラリーマンよりずっと自分でコントロールできる反面、自分で動かなければ誰も守ってくれません。退職金は会社が自動的に用意してくれるものではなく、制度に加入して積み立てる行動があって初めて機能するものです。
まだ小規模企業共済に加入していない、あるいは退職金の設計を後回しにしているなら、今期中に一度、税理士と一緒に出口戦略を考えてみてください。1年遅れるたびに、数十万円単位の節税機会が静かに消えていきます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。