先日、製造業を経営する60代の社長からこんな相談を受けました。「そろそろ引退を考えているんですが、退職金の準備ってどうすればいいですか?」

話を聞いてみると、退職金の準備はほぼ手つかず。「引退が近づいたら考えようと思っていた」とのことでした。気持ちはよくわかります。でも正直に言うと、「10年前から動いていれば、税金が大きく変わっていたかもしれません」とお伝えするしかありませんでした。

退職所得控除という「勤続年数の魔法」

役員退職金には、給与や配当にはない特別な税の優遇があります。「退職所得控除」です。控除額は勤続年数に連動しており、20年で800万円、30年で1,500万円が丸ごと非課税になります。

さらに、控除後の金額は「1/2課税」という仕組みが適用されます。控除を引いた後の退職金を半分にした額にしか税金がかからない。給与と比べて、いかに優遇されているかがわかるでしょう。

ここで、退職金3,000万円のケースで比べてみます。

勤続30年のケース

控除額1,500万円を差し引いた残り1,500万円。1/2にすると課税所得は750万円です。税率(所得税+住民税)を30%とすれば、税負担は約225万円。手残りは約2,775万円になります。

勤続10年のケース

控除額は400万円。残り2,600万円の1/2は1,300万円が課税所得です。税率は35%ほどになり、税負担は約455万円。手残りは約2,545万円にとどまります。

この時点で約230万円の差が出ています。ただ、話はここで終わりません。

積立期間中の法人税も、毎年下がっていく

退職金設計で見落とされがちなのが、「積立期間中の法人税節税効果」です。

生命保険を使った退職金の積立では、保険料の一部を法人の損金として計上できます。商品の設計や最高解約返戻率によって異なりますが、仮に年間300万円の保険料のうち半分を損金算入できるとすれば、年間150万円が経費扱いになります。法人税率25%で計算すると、毎年37.5万円の節税です。

これを10年間続ければ、375万円の法人税が浮く計算になります。20年なら750万円。積立期間が長いほど、この効果は大きくなります。

退職時点での税差230万円と、在任中の法人税節税効果を合わせると、設計の違いによる差が1,000万円を超えるケースは珍しくありません。「同じ退職金額なのに」という話ではなく、「準備の設計そのものが違う」という話なのです。

なぜ「退職直前」では手遅れなのか

退職所得控除は勤続年数に連動します。積立を早く始めるほど勤続年数が長くなり、控除枠が広がる。逆に言えば、退職直前からスタートしても、過去の勤続年数を取り戻すことはできません。

保険の積立も同様です。積立期間が短ければ元本が少なく、解約返戻金も限られ、法人税の節税効果も最小限にとどまります。「引退が近づいたら考えよう」という判断そのものが、最大のリスクになってしまうのです。

設計で注意したい3つのポイント

節税目的の保険活用は、2019年〜2020年以降、国税庁の通達改正によって損金算入ルールが厳格化されています。現在は最高解約返戻率に応じて損金算入できる割合が変わる仕組みになっており、商品選びと設計の精度が問われます。

また、複数の法人を経営している社長の場合、どの法人からいつ退職金を受け取るかによっても税負担が大きく変わります。グループ経営では勤続期間の通算ルールも絡んでくるため、設計はより複雑です。

さらに、退職金の金額が「不相当に高額」と判断された場合、法人側で損金算入が否認されるリスクもあります。功績倍率法などを使った適正額の算定が必要です。

「保険に入れば節税できる」という単純な話ではなく、自社の状況に合わせた設計が前提になります。

今日が「一番早い日」

退職金設計に「早すぎる」はありません。50代前半でも、40代でも、社長就任時から準備を始めている方がいます。むしろ後回しにするほど、使える手段が減っていきます。

まだ退職金の設計に手をつけていないなら、まずは顧問税理士に「退職所得控除の枠をどう活かすか」を相談してみてください。たった一度の打ち合わせが、将来の手残りを何百万円と変えることがあります。今期の決算が近い方は、特に急ぐ価値があります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。