先日、顧問先の社長からこんな連絡が来ました。「売上が増えてきたので、自分の報酬を上げようと思って。決算前でも大丈夫ですよね?」
正直、ヒヤっとしました。その一言の裏に、追徴課税に直結する落とし穴が3つも潜んでいたからです。
役員報酬は「好きなときに自由に変えられる」と思っている経営者が多いのですが、実際には厳格なルールがあります。知らずに変更してしまうと、せっかくの節税効果がゼロになるどころか、税務調査のターゲットになることも珍しくありません。
今回は、税務調査の現場でよく見かける「やってしまいがちなミス」を3つ、重要度の高い順に解説します。
3位:年度の途中で報酬を上げてしまった
役員報酬を損金(経費)として認めてもらうには、事業年度が始まってから3ヶ月以内に金額を決定することが原則です。この3ヶ月を過ぎてから報酬を変更すると、変更後に増えた部分は「損金不算入」とされ、法人税の計算に一切反映されません。
つまり、売上が伸びて利益が出てきた9月に「じゃあ今月から報酬を50万円上げよう」と決めても、その増加分は経費として認められないのです。
「3ヶ月以内に決める」というのは、4月始まりの会社なら6月末まで、1月始まりなら3月末までということになります。この期限は意外と知られておらず、特に業績が好調な年に慌てて報酬を上げようとする社長が引っかかりやすいポイントです。
例外として「業績が著しく悪化した場合」は期中変更が認められることもありますが、要件が厳しく、安易に使える手ではありません。
2位:変更したけど議事録を作っていない
「去年の春に役員報酬を変えたのに、なんで税務署に否認されたんですか?」という相談を受けることがあります。話を聞いてみると、ほぼ決まって同じ原因です。議事録がないのです。
役員報酬の変更は、株主総会や取締役会で正式に決議されなければなりません。そして、その決議の証拠として議事録が必要です。口頭で「来月から上げようか」と話し合っただけでは、税務調査の場で「決議の事実がない」と判断されてしまいます。
議事録は難しいものではありません。日付、出席者、決議内容(新しい役員報酬の金額と適用開始月)を書いて、署名押印すれば十分です。大切なのは変更を決めたその日のうちに作ること。後から日付を遡って作るのは論外として、1週間後、1ヶ月後になると「本当に当日決めたのか」と疑われる材料になります。
報酬を変えたら、その日中に5分で議事録を作る習慣をつけてください。たったそれだけで、税務調査の場で説明に困ることはなくなります。
1位:報酬を下げた直後に退職金を積み増した
3つの中で最も「知らないと損をする」のが、これです。
退職金の適正額は、一般的に**「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」**という算式で計算されます。税務署もこの計算式を基準に、退職金が適正かどうかを判断します。
ここで問題になるのが、退職直前に報酬を下げるケースです。「節税のために退職金を多く積み立てたい」という意図で報酬を下げると、計算式の「最終報酬月額」が下がるため、退職金の適正額の上限も下がってしまいます。積み立てた退職金が適正額を超えると、超過分は損金として認められません。
たとえば、月額報酬100万円で勤続20年、功績倍率3.0なら、適正退職金の上限は6,000万円です。しかし退職前に報酬を月60万円に下げると、同じ計算で3,600万円になります。節税しようとして逆に損をする、典型的な失敗パターンです。
退職金の設計は、報酬の水準・積立方法・受け取り時期のすべてがセットです。「退職金を増やしたい」と思ったら、報酬を変える前に必ず税理士と相談してください。順序を間違えると、取り返しのつかないことになります。
役員報酬は「設計」が命
役員報酬は、法人税と個人の所得税・社会保険料のバランスを取りながら最適化する、会社経営の中でも重要な意思決定のひとつです。変更できるタイミングは年に一度が原則、そして変更したら必ず証拠を残す。この2点を徹底するだけで、税務調査での指摘リスクは大幅に下がります。
今期の役員報酬をまだ見直していないなら、事業年度開始から3ヶ月が過ぎる前に、一度税理士と試算してみることをおすすめします。タイミングを逃すと、次の機会は1年後です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。