先日、ある製造業の社長からこんな話を聞きました。「今期は業績が良かったから、9月に自分の給料を上げたんです。問題ないと思っていたら、翌年の税務調査でとんでもないことになって…」と、青ざめた顔で打ち明けてくれました。
役員報酬の変更、実は「いつでも自由に変えられる」と思っている社長さんが非常に多いです。でも税務上のルールは想像以上に厳しく、タイミングを誤ると増額分が全額「会社の経費にならない」という事態になります。
何が起きたのか
その社長は、9月に役員報酬を月50万円から80万円に増額しました。会社の利益が出ているから、自分への報酬を増やすのは当然だと考えたわけです。
ところが翌年の税務調査で、増額した差額30万円×7か月分、合計210万円が「損金不算入」と指摘されました。つまり、その210万円は会社の経費として認められず、法人税の課税対象に加算される、ということです。
さらに調査は過去3年にさかのぼり、同様のルール違反が複数年にわたって積み重なっていた結果、最終的な追徴税額は約1,000万円にのぼりました。
定期同額給与とは何か
法人が役員に支払う報酬を会社の経費(損金)にするためには、「定期同額給与」という条件を満たす必要があります。
このルールは、シンプルにいうと「事業年度が始まってから3か月以内に金額を決め、その後は毎月同じ金額を払い続けること」です。
年度の途中でいきなり増額するのは、原則として認められていません。税務署から見れば、「利益が出たから、節税目的で役員報酬を増やしたのでは?」と疑われるのです。
このルールが存在する背景には、役員報酬を利益調整のツールとして悪用されることへの歯止めがあります。だからこそ、変更できるのは年に一度、期首から3か月以内というタイミングだけに絞られているのです。
「業績連動にしたい」という場合はどうするか
「でも、会社の業績によって報酬を変えたい」というニーズは当然あります。そのためには「業績連動給与」という別の制度を使う必要があります。
ただし業績連動給与には、同族会社には適用されない、事前に報酬委員会や取締役会での決議が必要、算定指標が有価証券報告書に記載されている必要があるなど、中小企業にはハードルが高い要件が並んでいます。
実務上、中小・中堅の同族会社では業績連動給与を使えないケースがほとんどです。つまり、「期首に決めた金額を1年間変えずに払い続ける」という設計が基本になります。
年に一度のチャンスを最大限に使う
変更できるのは年に一度だけ、しかも期首から3か月以内という制約があるからこそ、この時期の設計が極めて重要になります。
考慮すべき要素は複数あります。今期の業績見込みはどの程度か、社会保険料の負担はどう変わるか、所得税の負担との兼ね合いはどうか、将来の退職金設計との整合性はとれているか——これらを総合的に判断した上で、金額を決める必要があります。
たとえば、役員報酬を高めに設定すれば個人の手取りは増えますが、社会保険料の負担も増し、所得税の累進課税も重くなります。一方で低く設定しすぎると、会社に利益が残りすぎて法人税が増えます。この「法人税と個人の所得税・社会保険料のバランス」を最適化するのが、役員報酬設計の核心です。
やってしまいがちな3つのミス
税務調査の現場でよく見かける典型的な失敗パターンを挙げておきます。
①期中の増額・減額 業績が良ければ上げたい、資金繰りが苦しければ下げたい、という気持ちはわかります。でも期中の変更は原則NG。経営状態の急激な悪化など、例外的な事情がある場合のみ認められますが、それも要件が厳しいです。
②議事録なし・決議なし 報酬の変更は、株主総会や取締役会の決議を経て、議事録に残しておく必要があります。「口頭で決めた」「社長が一人で決めた」という状態は、税務署に対して証拠を示せません。
③前期と同額のつもりが実は変わっていた 社会保険料の改定に伴い手取り額を調整しようとして、誤って支給総額を変えてしまうケースもあります。支払う総額を同額に保つことが大切です。
今期の決算前に確認しておきたいこと
新しい事業年度が始まって3か月が経過する前に、一度立ち止まって役員報酬の水準を見直してみてください。
特に、昨年の設定から会社の業績見込みや個人の生活費水準が変わっているなら、このタイミングを逃すと次は1年後まで変更できません。役員報酬の最適化は、節税効果が高い対策の一つですが、それだけにルールを正確に守ることが大前提です。
年に一度のこのチャンスを活かすためにも、ぜひ顧問税理士と一緒に、今期の適切な金額を設計してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。