先日、60代前半の製造業の社長からこんな相談を受けました。

「そろそろ息子に会社を譲りたいんですが、2億円以上の借入の保証人になっていて……。息子にこのリスクを背負わせるのが、どうしても気になって踏み切れないんです」

これ、実はとても多い悩みです。長年かけて会社を育ててきたのに、引退の一歩手前で「個人保証の壁」に気づく。知らないまま引退してしまった社長も、残念ながら少なくありません。

でも、ちゃんと手を打てば、その壁は越えられるかもしれません。

「経営者保証ガイドライン」という道具を知っていますか?

2014年に、日本商工会議所と全国銀行協会が共同で策定した「経営者保証に関するガイドライン」というものがあります。簡単に言うと、一定の条件を満たせば、社長個人が会社の借入に対して負っている連帯保証を、銀行と交渉して外すことができる仕組みです。

法的な強制力はないものの、金融機関もこのガイドラインに沿った対応をするよう求められています。知っているか知らないかで、引退後の人生リスクが大きく変わる話です。

保証を外すために求められる3つの条件

銀行がこのガイドラインに基づいて保証を外す交渉に応じてくれるかどうかは、主に3つのポイントで判断されます。順番に見ていきましょう。

① 法人と個人の財布が分かれている

社長個人の生活費と、会社のお金がごちゃまぜになっていませんか?たとえば、会社の口座から社長の個人的な支出が出ていたり、社長の不動産が会社の資産として使われていたりする状態は「法人と個人が分離されていない」とみなされます。

会社と個人のお金の流れが明確に切り分けられていること。これが大前提です。思い当たる節がある社長は、まずここから整理することになります。

② 財務が健全である

自己資本比率が一定水準以上あること、過剰な役員借入金がないこと、債務超過でないことなど、財務の健全性が問われます。具体的な数字の基準は銀行によって異なりますが、自己資本比率が10〜20%以上あると交渉の土台に乗りやすいイメージです。

黒字経営が続いていても、役員への貸付金や仮払金が多額に残っていると「実質的に個人と法人が混在している」と判断されることがあります。決算書の見た目だけでなく、中身の整理が必要です。

③ 情報開示がきちんとできている

銀行に対して、財務情報を定期的かつ正確に開示しているかどうかも見られます。試算表を毎月提出している、決算書の説明を丁寧に行っているといった姿勢が、銀行からの信頼につながります。

逆に言えば、「都合の悪いときは連絡しない」「銀行には最低限の情報しか出さない」というスタンスでは、保証を外す交渉の入り口にすら立てません。

交渉のタイミングは「今」が肝心

経営者保証を外すのに理想的なタイミングは、業績が安定している時期です。赤字になってから、あるいは事業承継の直前になって慌てて動いても、銀行は首を縦に振りにくくなります。

特に事業承継を考えているなら、後継者に保証を引き継がせない選択肢を検討しておくことが、承継をスムーズにする上でも重要です。若い後継者が「保証人になるくらいなら継がない」と言い出すケースも、実際に増えています。

保証を外せれば、後継者は個人資産を担保に取られるリスクなく経営に集中できますし、社長自身も引退後に連帯保証の重しを背負わずに済む。どちらにとってもメリットがあります。

交渉は一人でやろうとしない

銀行との交渉は、いきなり「保証を外してほしい」と切り出してうまくいくほど簡単ではありません。まずは顧問税理士や中小企業診断士と一緒に、自社の財務状況がガイドラインの条件を満たしているかを確認することが先決です。

場合によっては、中小企業庁の「経営者保証コーディネーター」という専門家に相談する方法もあります。無料で活用できる公的なサポート窓口ですので、使わない手はありません。

事業承継を5年後、10年後に見据えているなら、今のうちから財務の整理と情報開示の習慣づけを始めておくことをおすすめします。条件が整うまでには、一定の時間がかかるものだからです。

個人保証は、会社を守るために引き受けてきたもの。でも、それを一生背負い続ける必要はありません。正しい手順で動けば、出口は必ずあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務・金融判断は税理士や専門家にご相談ください。