先日、60代の製造業の社長からこんな相談を受けました。「後継者のことはまだ先で大丈夫だと思っていたんですが、本当にそうでしょうか」。
話を聞くと、後継者候補はいるものの具体的な話は何もしていない、株式も社長がすべて持ったまま、という状態でした。実はこのパターン、決して珍しくありません。
「まだ先」の油断が会社を壊す
後継者問題を先送りしている社長には、共通した思い込みがあります。「自分はまだ元気だから」「後継者候補はいるから」というものです。
ですが、後継者不在のまま時間が経つと、株式が相続のたびに分散していきます。子どもが複数いれば、株式は等分に近い形で分けられることが多く、次の世代、さらにその次の世代と代を重ねるごとに、経営権を持つ株主がどんどん増えていきます。
気づいたときには、経営に関心のない親族株主が何人もいて、重要な意思決定のたびに全員の同意を取り付けなければならない、という状況に陥っている会社を何社も見てきました。最悪の場合、株式の買い取り交渉がまとまらず、事業そのものが立ち行かなくなるケースもあります。
「うちはまだ60代だから平気」という感覚は、実は会社の寿命を測る基準としてはあまり意味がありません。問題は社長の年齢ではなく、株式移転と後継者育成にかかる年数のほうだからです。
事業承継税制の特例、期限は2027年12月末
ここで見逃せないのが、事業承継税制の特例措置です。この制度を使うと、自社株を後継者に引き継ぐ際の贈与税・相続税の納税が猶予され、条件を満たせば実質的に免除されます。
ただし特例の適用を受けるには「特例承継計画」を都道府県に提出する必要があり、そのうえで実際の株式移転を2027年12月末までに終える必要があります。
ここで多くの社長が誤解しているのが、期限までにまだ1年以上あるから大丈夫、という感覚です。ですが株式移転の実務は、会社の株価算定、後継者との合意形成、金融機関や取引先への説明、そして後継者自身の経営者としての育成と、いくつもの工程を経る必要があります。これらを丁寧に進めようとすると、数年単位の時間がかかるのが実情です。
逆算すると、今すぐ着手しても決して早すぎることはなく、むしろ実質的にはもう時間の猶予がないというのが正確なところです。
株式移転と後継者育成はセットで進める
事業承継でよくあるつまずきは、税制の話だけを先に進めてしまい、後継者の育成が追いつかないパターンです。株式だけ渡しても、後継者に経営の実務や取引先との関係が引き継がれていなければ、承継後に会社が失速してしまいます。
逆に、後継者育成だけを先行させて株式移転を後回しにすると、その間に相続が発生してしまい、結局は株式が分散した状態からのスタートになってしまうこともあります。
だからこそ、株式移転の計画と後継者育成は、別々のプロジェクトとしてではなく、ひとつの計画としてセットで進めることが重要です。具体的には、今後数年の株価の見通しを踏まえていつ・どの程度の株式を移すか、後継者にどの部門をいつまでに任せるか、というスケジュールを最初に描いておく必要があります。
今、何から始めればいいか
まず着手すべきは、現状の株式保有状況と会社の株価水準を把握することです。これがなければ、税制特例を使うべきかどうかの判断すらできません。
そのうえで、後継者候補との対話を始め、特例承継計画の提出時期を税理士と一緒に逆算していくのが現実的な進め方です。
後継者はまだ先、と考えているなら、その「先」が本当にいつなのか、一度カレンダーに書き出してみることをおすすめします。2027年12月末という期限から逆算すると、着手すべきタイミングはもう目の前まで来ているかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。