先日、ある後継者の方からこんな相談を受けました。
「父の会社に多額の借金があって、相続放棄も考えています。ただ、生命保険の受取人が私になっていて……これも放棄しないといけないんでしょうか」
表情はかなり深刻でした。会社の連帯保証債務を背負ってまで相続するべきか、それとも縁を切るべきか。判断がつかないまま時間だけが過ぎていく、というケースは決して珍しくありません。
保険金は「相続財産」ではない
結論から言うと、生命保険金は受け取れます。
死亡保険金は民法上、受取人固有の財産とされています。つまり亡くなった方の遺産そのものではなく、保険契約に基づいて受取人が最初から持っている権利という扱いです。
この後継者の方のように、会社の借金を理由に相続放棄をしたとしても、受取人として指定されている生命保険金は失われません。相続放棄はあくまで「プラスの財産もマイナスの財産も含めて、遺産を一切引き継がない」という手続きであって、保険金請求権はそもそも遺産の外側にあるからです。
これを聞いて、後継者の方はほっとした表情になりました。連帯保証や借入金という重荷を負わずに済み、それでいて当面の生活資金や納税資金の原資となる保険金は手元に残る。判断のハードルがぐっと下がったはずです。
ただし非課税枠は使えなくなる
ここで一つ、見落としがちな注意点があります。
生命保険金には「500万円×法定相続人の数」という相続税の非課税枠が用意されています。たとえば法定相続人が3人であれば1,500万円まで非課税です。
ところがこの非課税枠は、あくまで「相続人」に対して認められた特典です。相続放棄をすると、法律上は最初から相続人ではなかったことになるため、この非課税枠を使う権利も一緒に失われます。
受け取った保険金そのものはみなし相続財産として相続税の課税対象になりますが、非課税枠だけが使えない。つまり同じ金額を受け取っても、相続放棄をした人は放棄しなかった人より税負担が重くなる可能性があるということです。
保険金が数百万円程度であれば、そもそも非課税枠内に収まっていたはずの部分にまで課税されることになり、結果的に「放棄しなければよかった」となるケースも実際にあります。
両にらみで試算するのが鉄則
この論点で最も大切なのは、感情や勢いで相続放棄を決めないことです。
会社の負債総額、保険金の金額、法定相続人の数、そして放棄した場合としなかった場合それぞれの相続税額。これらを並べて試算してみると、選択の結論が変わることは珍しくありません。
借金の規模が保険金をはるかに上回るなら放棄が妥当でしょうし、保険金額が大きく非課税枠のインパクトが無視できない場合は、限定承認など別の選択肢も含めて検討する余地があります。
相続放棄には家庭裁判所への申述期限(原則として相続開始を知った日から3ヶ月)もあるため、悩んでいる時間はそれほど長くありません。早めに保険証券と会社の負債状況を突き合わせて、専門家と一緒に両にらみでシミュレーションしておくことをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。