先日、後継者の方からこんな相談を受けました。「父に株を譲ってほしいと頼んだら、株は渡すけど経営はまだ任せられない、と言われて話が止まっています」。
よくある話です。多くの先代経営者は、株式そのものを手放すことより、会社の決定権を手放すことに強い抵抗を感じます。株を渡した瞬間に自分の意見が通らなくなるのでは、という不安が背景にあるからです。
結論から言うと、この二つは分けて考えることができます。株式の名義と、議決権の重さを切り離す仕組みが会社法に用意されているからです。
株主ごとに扱いを変えられる定め
非公開会社であれば、定款に「株主ごとに異なる取扱いをする」旨を定めることができます。会社法109条2項に基づく、いわゆる属人的な定めです。
種類株式のように登記して株式そのものに条件をつけるのではなく、あくまで「この株主が持っている間だけ」議決権を厚くする、といった設計が可能になります。株式1株の議決権を人為的に増やすようなイメージです。
たとえば先代が保有する株式の議決権だけを10倍にする、といった定めを置けば、株数の上では後継者に大半を渡していても、意思決定の実権は先代に残ります。名義上は後継者、実権は先代という状態を、法的な裏付けを持って作れるわけです。
株価が低いうちに動く意味
この仕組みが活きるのは、株価が低いタイミングと組み合わせたときです。業績が一時的に落ち込んでいる期や、多額の設備投資で純資産が圧縮されている期は、株式の相続税評価額も下がります。
評価額が低いうちに株式そのものを後継者へ移しておけば、贈与税の負担を抑えながら将来の相続財産からも切り離せます。年110万円の基礎控除の範囲では到底渡しきれない株数でも、評価額次第では数年がかりで計画的に移すことができます。
一方で議決権は定款の定めによって段階的に、先代の引退時期に合わせて薄めていけます。株の移転と経営権の移譲を、別々のスピードでコントロールできるのが最大の利点です。急かされず、かつ贈与税も抑えながら承継を進められるという意味で、非常に柔軟な道具だと感じます。
導入前に押さえておきたい注意点
便利な仕組みですが、いくつか見落とされがちな点があります。
まず、属人的な定めを新設・変更するには、株主総会の特殊決議が必要です。総株主の半数以上、かつ議決権の4分の3以上という重い要件で、他の株主が複数いる場合は事前の説明と合意形成が欠かせません。
また、この定めは登記事項ではないため、定款を確認しない限り外部からは見えません。金融機関の融資審査やM&Aのデューデリジェンスの際に、実質的な支配関係が把握しにくいと指摘されることがあります。
さらに、株式を第三者へ譲渡すると効力が及ばなくなるよう設計するのが一般的で、先代が想定外の形で株式を手放した場合の扱いも定款上で詰めておく必要があります。効力の範囲が曖昧なまま導入すると、後々の紛争の火種になりかねません。
院政という言葉には少しネガティブな響きもありますが、経営の急な空白を避けつつ後継者を育てる猶予期間と捉えれば、悪い選択肢ではありません。株を渡す話が止まっているなら、議決権だけを別のレバーとして扱えないか、一度専門家に定款の設計を相談してみることをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。