先月、ある製造業の社長からこんな連絡が入りました。「今期は赤字になりそうで…役員報酬を下げて少しでも会社のキャッシュを守ろうかと思っているんですが、どうでしょうか?」
気持ちはよくわかります。会社が苦しいときに自分だけ給料を取り続けることへの罪悪感、あるいは純粋にキャッシュを守りたいという判断。どちらも経営者として自然な感覚です。
ただ、結論から言うと——役員報酬を期中に下げるのは、ほぼ確実に損します。税務・金融・社会保険の3方向から同時に痛みが来るからです。今回は、その理由を一つずつ整理していきます。
第3位:税務調査で「損金不算入」になるリスク
まず知っておいてほしいのが、役員報酬には「定期同額給与」というルールがあることです。
簡単に言うと、役員報酬は期首から1〜3ヶ月以内に決定し、その後は1年間同額でなければ損金(税務上の経費)として認められません。途中で自己判断で減額すると、変更前後の差額部分が損金不算入となり、法人税の計算上「なかったこと」にされてしまいます。
たとえば月100万円の役員報酬を赤字を理由に月60万円に下げたとします。差額の月40万円×残り6ヶ月=240万円が損金不算入になる可能性があります。赤字を減らしたくて動いたのに、税負担が増えるという逆効果が起きるわけです。
なお、業績悪化による減額変更が税務上認められるケースも存在しますが、「業績悪化改定事由」として税務署に認定されるためには相応の根拠と手続きが必要です。「赤字だから」という理由だけでは通らないことを覚えておいてください。
第2位:住宅ローンと銀行融資の審査に直撃する
役員報酬は、社長個人の「収入」です。これを下げると、所得証明書に記載される金額がそのまま下がります。
問題が表面化しやすいのは、住宅ローンや車のローン、個人保証付きの銀行融資の審査のタイミングです。「去年まで月100万円あった役員報酬が、今年は60万円に下がっている」という状況は、金融機関から見ると「業績が悪化している経営者」に映ります。
実際、赤字を挽回して翌年には報酬を元に戻しても、審査では過去2〜3年の平均所得を見るケースが多いため、影響が数年単位で残ることがあります。一時的に会社のキャッシュを守るつもりが、個人の信用力を長期間傷つけてしまう——こんな誤算が起きがちです。
特に事業拡大のために銀行融資を考えているタイミングであれば、役員報酬を下げることで審査が通らなくなるリスクもあります。守りのつもりが攻めを封じることにもなりかねません。
第1位:10年後の年金と傷病手当金に響く
3つのなかで最も見落とされやすいのが、社会保険への影響です。
役員報酬が下がると「標準報酬月額」が下がります。この標準報酬月額は、将来受け取る厚生年金の給付額に直結します。また、病気やケガで働けなくなったときに受け取れる傷病手当金の計算にも使われます。
たとえば標準報酬月額が月10万円下がると、年金は数万円単位で変わり、それが10年・20年と続けば数十万〜百万円超の差になることもあります。今期の赤字対策のつもりで下げた役員報酬が、老後の生活設計を狂わせる——これが最も怖いシナリオです。
がんや心臓病など、突然の長期療養が必要になった際も同様です。標準報酬月額が低ければ受け取れる傷病手当金は当然少なくなります。「万が一」のときの備えを、今の節約で削ってしまうのは賢い判断とは言えません。
では、赤字のときに取るべき手段は?
役員報酬を下げる前に、まず検討してほしい選択肢があります。
一つは役員借入(会社への貸付)です。社長個人から会社にお金を貸す形をとれば、キャッシュを会社に入れながら役員報酬の水準は維持できます。また、固定費の見直し、不要な在庫の圧縮、仕入れ条件の交渉など、役員報酬以外にキャッシュを改善する手段は必ずあります。
本当に役員報酬を変更しなければならない局面であれば、税理士と相談しながら「定期改定のタイミング(期首から3ヶ月以内)」に合わせて正式に変更する方法を取るべきです。順番を間違えないことが、最大の節税になります。
赤字を前にすると、つい「自分の報酬を削る」ことが誠実な判断のように感じてしまいます。ですが、税務・融資・社会保険の3つのリスクを知っていれば、それが最善策ではないことがわかります。今期の業績が厳しいなら、役員報酬に手を付ける前に、まず税理士に相談することを強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。