先日、社員30名ほどの建設会社を経営する社長から、少し顔色の悪い声でこんな連絡が来ました。

「税務署から連絡が来て、来月調査に入るって言われたんですが……何も悪いことしてないのに、なんで急に?」

話を聞いていくと、半年前に退職した経理担当の元従業員がいることがわかりました。退職時にトラブルがあったそうで、少し険悪な雰囲気で辞めていったとのこと。

もしかしたら、と思った方もいるでしょう。そうです。実は税務署には「情報提供」の仕組みがあって、誰でも匿名でオンラインから通報できるようになっています。

誰でも5分で「密告」できる仕組みがある

税務署の公式サイトには、「申告漏れや不正が疑われる情報を、インターネットからご提供いただけます」という案内が堂々と掲載されています。

氏名も連絡先も不要。スマホから5分もあれば完結します。

そして、その制度を通じて実際に寄せられる情報提供は、年間1万件を超えています。毎日30件以上、誰かの会社についての密告が税務署に届いている計算です。「うちは大丈夫」と思っていた社長ほど、この数字に驚く傾向があります。

告発者のほとんどは「社内をよく知る人間」

通報者の内訳を聞くと、驚く方が多いのですが、大半は元従業員や取引先です。

外部の人間には見えない、帳簿の中身や現金の流れを知っている人たちです。「あの会社、毎月一定額の現金売上を除外しているのを見ていた」「接待交際費の実態はこうだった」といった、具体的な内容付きで情報が届くことも少なくありません。

単なる嫌がらせレベルでは終わらないケースがある、というのが怖いところです。社内の実情を知る人間が、意図を持って証拠と一緒に送ってくる——そういう状況が現実に起きています。

退職した経理担当、関係がこじれた元取引先、何かのきっかけで不満を持った幹部社員。あなたの会社に、そういう「元関係者」は一人もいないと言い切れますか?

調査が入ったら、最長7年分さかのぼられる

仮に通報を受けた税務署が「調べる価値がある」と判断すれば、税務調査の対象になります。

通常の税務調査であれば過去3〜5年分の確認ですが、不正(裏帳簿、現金売上の除外、架空経費など)が発覚した場合、最長で7年分さかのぼって調べられることがあります。

さらに深刻なのが、重加算税の問題です。通常の申告ミスであれば過少申告加算税(10〜15%)で済みますが、故意の隠蔽や仮装が認定されると、重加算税として35%が上乗せされます。本税に加えて延滞税も発生するため、最終的な追徴額が本税の1.5〜2倍以上になることも珍しくありません。

「まさかそこまで」と感じるかもしれませんが、発端が一通の匿名メールだったとしても、調査のプロセスは同じです。

「知らなかった」では守れない部分がある

ここで注意しておきたいのは、「うちはちゃんとやっている」という感覚と、税務署の判断基準が必ずしも一致しないことです。

たとえば、社長個人の支出と会社の経費の境界線が曖昧になっているケース。現金売上の取り扱いが担当者レベルで処理されていて、社長自身は詳細を把握していなかったケース。こういった「管理の穴」は、外から見た通報者には「不正」に映る可能性があります。

元従業員が退職時に「この経費処理はおかしい」と感じたとすれば、それは会社側に何らかの隙があることの裏返しでもあります。

密告に備えるとは、「説明できる状態を作ること」

密告を完全に防ぐことはできません。ただ、通報されたとしても調査で問題なく終わる体制を作っておくことは十分できます。

まず確認しておきたいのは、経費処理の基準が社内で明文化されているかどうかです。「社長の判断で都度処理している」という状態が続いていると、担当者が変わったときや退職したときにリスクが高まります。

次に、現金売上の管理です。請求書と入金記録の突合が適切にできているか、顧問税理士と一度確認しておくと安心です。

そして、顧問税理士との関係を「申告だけやってもらう」から「何かあればすぐ相談できる関係」に変えておくこと。初動の対応が早いかどうかで、調査の結果は大きく変わります。


冒頭の建設会社の社長は、結果的に調査で大きな問題は見つかりませんでした。ただ、「まさか元従業員が通報するとは思わなかった」と、しばらくは落ち着かない日々を過ごしていました。

今一度、自社の経費処理や現金管理に「他人に見られても説明できるか」という目線を向けてみてください。備えるなら、調査が来る前がベストです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。