「後継者がいないから、ゆくゆくは廃業しようと思っています」
先日、年商2億円の食品加工会社を営む60代の社長に、こう打ち明けられました。子どもたちはそれぞれ別の職に就いていて、社員への引き継ぎも資金面で難しい。「まあ、廃業するしかないですよね」と、どこか諦めたような口調でした。
でも、その「まあ廃業で」という判断が、実は数千万円単位のコストを生んでいるとしたら?
会社を閉じるのに、なぜお金がかかるのか
廃業・清算は「やめる」だけで終わりません。法的な解散手続きが必要で、そこには大きく3つのコストが発生します。
① 従業員への退職金
社員が5名いれば、勤続年数によっては退職金の総額が500〜1,000万円になることもあります。会社都合の解散ですから、支払いを回避するのは現実的ではありません。解散を決議した時点でほぼ確定するコストです。
② 弁護士・税理士などの専門家費用
解散登記、税務申告、債権者への通知、清算結了まで、法務・税務の手続きは複雑です。専門家なしで進めるとトラブルになりやすく、報酬の相場は50〜200万円程度かかります。「やめるのにもお金がいる」という現実です。
③ 残余財産を受け取るときの個人課税
ここが一番見落とされやすいポイントです。清算後に残った現預金や不動産は、株主(=社長)が受け取ります。このとき、みなし配当として最大55%の所得税・住民税が課税されます。
仮に清算後の残余財産が5,000万円あっても、手元に残るのは2,000〜2,500万円程度になってしまうことが十分ありえます。
3つ合わせると3,000万円を超えることも
退職金・専門家費用・個人課税の3つを合算すると、年商数億円規模の会社なら3,000万円を超えるケースは珍しくありません。
「廃業するだけ」のつもりが、気づかないうちに数千万円を失っている。これが廃業コストの現実です。
早期に動けば、コスト構造は変えられる
一方、早めに事業承継の対策を打てば、このコスト構造が大きく変わります。
たとえば、持株会社を設立して自社株を段階的に移転する方法があります。一気に株式を動かすのではなく、数年かけて計画的に移転することで、相続税・贈与税の課税タイミングと税額をコントロールできます。株式の評価額そのものを下げる手法と組み合わせれば、効果はさらに大きくなります。
また、事業承継税制(法人版)を活用すれば、後継者への自社株の贈与税・相続税を最大100%猶予(実質免除)できる制度も存在します。後継者が第三者でも使えるケースがあり、廃業一択と思い込んでいた社長に別の選択肢が開けることもあります。
廃業で3,000万円消えるのと、対策を打って承継コストを数百万円に抑えられるのと、どちらが手元に残る財産が多いかは、計算するまでもありません。
「まだ先の話」が一番危ない
事業承継税制には期限があります。特例承継計画の申請期限は延長されてきた経緯がありますが、無期限で使える制度ではありません。最新の期限は税理士に確認していただきたいのですが、「そのうち動こう」と先送りしているうちに、使えるはずだった制度が終わっていた――という社長を、私はこれまで何人も見てきました。
持株会社の設立、株式評価の引き下げ、後継者との信頼関係の構築、申請書類の準備。これらをすべてやり切るには、最低でも3〜5年の準備期間が必要です。余裕があるように見えて、実は時間はそれほど残っていないことが多い。
後継者がいないからこそ、早めに専門家に相談してほしいのです。廃業が最善の選択であることもありますが、「対策を知らないまま廃業する」のと「比較検討したうえで廃業する」のとでは、手元に残るお金が大きく違います。
今期中に一度、事業承継の専門家(税理士や事業承継士)に現状を話してみてください。選択肢は、あなたが思っているよりも多いかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。