先日、製造業を営む62歳の社長からこんな相談を受けました。
「子どもは継ぐ気がないし、従業員に任せられるほどの人材もいない。そろそろ会社をたたもうと思っているんだけど、手続きって何が必要なの?」
軽い気持ちで聞いてきた社長に、私は静かにこう伝えました。「会社をたたむには、場合によっては3000万円以上かかることがありますよ」と。
しばらく、沈黙が続きました。
「会社をたたむ」のは、タダじゃない
多くの経営者は、解散・清算を「手続きをすれば終わる」と思っています。でも実際は違います。清算にはコストがかかります。それも、想像をはるかに超える金額が。
従業員を雇っている会社なら、まず退職金が重くのしかかります。勤続年数が長く、給与水準の高い社員が複数いれば、それだけで1000万円を超えることも珍しくありません。
さらに、清算手続きが完了するまでの間も、法人税や地方税の申告義務は続きます。解散後も「清算法人」として存続し、清算結了まで税務上の責任を負い続けるのです。
そして、この一連の手続きを支援する弁護士・司法書士・税理士への専門家費用が加わります。複雑な会社ほど、この費用も膨らんでいきます。
これら3つを合計すると、中規模の中小企業では3000万円を超えるケースも決して珍しくないのが現実です。
コストの内訳:何にどれくらいかかるのか
少し具体的に整理しておきましょう。
① 従業員への退職金
会社解散による退職は会社都合扱いとなるため、退職金規程があれば全額支払いが原則です。従業員10名・平均勤続15年の会社では、退職金だけで1500〜2000万円規模になることがあります。長年支えてくれた社員への感謝を金額で示す場面でもあり、削りにくいコストです。
② 清算期間中の税負担
会社が解散しても、税務申告は続きます。残余財産の確定まで法人税・住民税・事業税の申告が必要です。さらに、清算によって含み益のある資産(不動産や株式など)を換価すると、譲渡益に対して課税が発生することもあります。
③ 専門家費用
司法書士への登記費用、税理士への清算申告費用、場合によっては弁護士費用も必要です。シンプルな会社でも50〜100万円程度、権利関係が複雑な会社では数百万円になるケースもあります。
「たたむ」以外の選択肢が、コストを大幅に変える
ここで知っておいてほしいのは、「清算」が唯一の出口ではないということです。
たとえば**M&A(会社売却)**という選択肢があります。後継者がいなくても、会社の事業・取引先・従業員をまとめて引き継いでくれる買い手が見つかれば、清算コストはかかりません。むしろ売却対価として、数千万〜数億円を受け取れるケースもあります。
また事業承継税制(特例措置)を活用すれば、自社株の贈与・相続に伴う税負担を最大100%猶予・免除できます。後継者候補が社内外にいる場合は、この制度で計画的に承継を進めることで、コストを大幅に抑えられます。
ただし、事業承継税制の特例措置には2027年3月末までに「特例承継計画」を提出するという期限があります。使いたいなら、動き出せる時間は限られています。
先延ばしにするほど、選択肢は消えていく
経営者の多くは「まだ10年はある」と考えます。でも現実には、年齢が上がるほど、体の状態が変わるほど、準備にかけられる時間は短くなっていきます。
M&Aで売るにも、買い手探しや価格交渉には1〜3年かかることがざらです。余裕を持って始めなければ、希望する条件での売却は難しくなります。
今の段階で後継者がいないなら、「清算」「M&A」「従業員への承継」「事業承継税制の活用」という選択肢がまだ開いています。でも5年後・10年後に同じことが言えるかどうかは、誰にもわかりません。
3000万円の現実を知ったあの社長は、その後、M&Aの初回相談を申し込みました。まだ結論は出ていませんが、「選択肢がある状態で動き出せてよかった」と言っていました。
もし今、「子どもには継がせられない」「後継者が見えない」と感じているなら、今期中に一度、事業承継の専門家に相談することを強くおすすめします。相談するだけならコストはかかりません。何も決めなくても、選択肢を知っておくだけで、将来の判断が大きく変わります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。