先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。

「10年かけて売上を2倍以上に伸ばしてきた。でも、いざ息子に会社を渡そうとしたら、想定外の金額を言われてしまって…」

決して失敗したわけではありません。むしろ誰もが羨むような成功を収めた社長です。それなのに、事業承継の場面になって初めて「業績を上げ続けてきたことが、裏目に出ていた」と気づいたのです。

非上場株式の評価額は「業績と一緒に上がる」

上場企業の株価は市場が決めますが、非上場会社の株式はそうはいきません。相続税や贈与税の計算に使われる「評価額」は、会社の業績・純資産・配当などをもとに算定されます。

つまり、売上が伸び、利益が積み上がり、純資産が厚くなるほど——株の評価額も同じように上がっていくわけです。

「会社の価値が高まる=株の評価が高くなる=承継コストが増える」。シンプルな等式ですが、これを意識しているオーナー社長は案外少ないのが現実です。

売上2倍なのに評価額は3倍になっていた

冒頭の製造業の社長の話に戻りましょう。

10年前、その会社の売上は約3億円。資金繰りも厳しく、毎月が綱渡りだったそうです。それが今や売上6億円。従業員も増え、地元では顔の利く会社に成長しました。

ところが、自社株の相続税評価額を試算してみると、10年前と比べて3倍近くに膨らんでいたのです。

売上の増加は「2倍」です。でも評価額の増加は「3倍」。利益の蓄積による純資産の増加も評価に反映されるため、業績の伸び以上に株価が上がるケースは決して珍しくありません。成長すればするほど、承継コストも加速度的に上がっていく——これが事業承継の盲点です。

5年前に動いていれば、数千万円の差になっていた

このケースで試算してみると、評価額がまだ低かった5年前の時点で贈与や事業承継税制を活用していれば、コストを数千万円単位で圧縮できた可能性があります。

なぜそこまで差が出るのか。大きく2つの理由があります。

ひとつは贈与のタイミングです。1億円の株を贈与するのと、3億円の株を贈与するのでは、課税の計算が根本的に変わります。評価額が低いうちに贈与しておけば、それだけ税負担を抑えられます。

もうひとつは事業承継税制の活用です。一定の要件を満たせば、贈与税・相続税の支払いを猶予できる制度があります。特に「特例措置」については、2027年12月末を期限とした「特例承継計画」の提出が必要なため、時間的な余裕がある今のうちに手を打つことが、使える選択肢を大きく広げます。

「まだ先の話」が一番危ない理由

事業承継を後回しにする理由として、社長からよく聞く言葉があります。

「まだ元気だから」「息子がまだ若い」「会社が落ち着いてから考える」——気持ちはよくわかります。でも、会社が成長し続けている間も、評価額は静かに上がり続けています。

特に業績の良い会社ほど、この問題は深刻です。成長スピードが速いほど、評価額が上がるスピードも速いからです。「落ち着いてから」と思っている5年後には、評価額がさらに倍になっているかもしれない。そのとき慌てて動こうとしても、打てる手は大きく限られます。

まず「今の評価額」を把握することから

「自分の会社の株はいくらで評価されているのか」——これを把握していない社長は意外と多いです。普段の経営では意識する機会がほとんどなく、いざ承継を考えるタイミングで初めて試算してみると「こんなに高かったのか」と驚くケースが後を絶ちません。

第一歩は、今の評価額を確認すること。そして5年後・10年後の評価額がどのくらいになりそうかをシミュレーションすること。それだけで「いつまでに動かなければならないか」の感覚が掴めます。

事業承継は、準備に使える時間が長いほど、使える手段が増えます。会社が順調に成長している今こそ、一度専門家に試算を依頼してみることをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。