先日、ある製造業の社長(60代)からこんな相談を受けました。

「息子に会社を継がせたいんだけど、娘や妻との折り合いが心配で……」

話を聞いてみると、会社の株式の98%を社長ひとりが保有していて、相続については何も決めていない状態でした。自分が亡くなったとき、その株がどこへ行くのか——そこまで具体的に考えていなかったのです。

こういう話、実は珍しくありません。経営には前向きな社長でも、自分の相続については後回しにしがちです。でも後回しにしたままでいると、思わぬリスクが会社を待ち受けています。

経営権が家族に「分散」するとき

オーナー社長が亡くなると、会社の株式は遺産として遺族に分配されます。このとき問題になるのが「遺留分」です。

遺留分とは、法律が相続人に保障している「最低限もらえる財産の取り分」のことです。たとえば配偶者と子ども2人がいる場合、遺産全体の1/2が遺留分として保護されます。

社長が「株は全部、後継者の長男に」と遺言を書いても、次男や長女は遺留分を根拠に「自分の取り分を現金で返せ」と請求できます。これが「遺留分侵害額請求」です。

株式の評価額が1億円だったとして、後継者が他の兄弟に数千万円を支払わなければならないケースもあります。会社の運転資金に影響が出たり、最悪の場合は株を切り売りせざるを得ないことも。相続対策の穴が、経営の足を引っ張る原因になるのです。

「種類株式」で財産と経営権を分ける

こうした問題に対して、多くの事業承継専門家が活用するのが「種類株式」という仕組みです。

通常の株式には「議決権」がついています。株を持っていれば会社の重要事項に口を出せる、つまり経営に関われるということです。これが複数の相続人に分散してしまうと、後継者が経営判断をするたびに家族の合意を取り続けなければならなくなります。

そこで、あらかじめ「議決権のない株式(無議決権株式)」を発行しておきます。後継者には議決権あり株式を、それ以外の家族には無議決権株式を渡す——こうすることで、財産は家族で公平に分けながら、経営権だけは後継者に集中させることができます。

財産の分配と経営権の分離。これが、揉めない承継設計の基本的な考え方です。

評価額が低いうちに動くのが鉄則

もうひとつ重要なのが、タイミングです。

会社が成長すれば、当然ながら株の評価額も上がります。業績好調な会社なら、5年後・10年後には今より何倍もの評価になっていることも珍しくありません。

評価額が高い状態で贈与や相続が起きると、税負担も大きくなります。一方、評価額が低いうちに後継者へ株を移転しておけば、贈与税や相続税の負担を大きく抑えることができます。

また、非上場株式には「事業承継税制(特例措置)」という制度もあります。要件を満たせば贈与税・相続税の納税を猶予——最終的には免除——できますが、申請のタイミングや手続きに制約があるため、早めに専門家と確認しておくことが大切です。特例措置の適用期限は延長されてきた経緯がありますが、永遠に続くわけではありません。

まず「自社株の現状」を紙に書き出す

難しく考えなくても大丈夫です。最初の一歩は、現状を把握することです。

  • 自社の株式をいま誰が何%持っているか
  • 後継者候補は誰か
  • その他の相続人(配偶者・子ども)は何人いるか
  • 直近の自社株評価額はいくらか

この4点を紙に書き出すだけで、問題の所在が見えてきます。そこから専門家と一緒に「誰にどの種類の株を、いつ移転するか」の設計図を作っていけばいい。

会社の株は、オーナー社長にとって最も大きな財産であると同時に、最もデリケートな経営ツールでもあります。感情が絡む相続だからこそ、生前のうちに設計図を作っておくことが、家族と会社を守る最大の贈り物になります。

まだ何も決めていないなら、今期中に事業承継専門の税理士に相談することをおすすめします。「まだ先でいい」と思っているうちに、株の評価額は静かに上がり続けています。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。