先日、精密機器メーカーを経営するA社長(54歳)から、こんな相談を受けました。

「会社の業績がようやく安定してきたんですよ。でも、それって相続税的にはまずいんですよね?」

A社長の感じている「まずさ」は、正確です。会社の価値が上がれば上がるほど、オーナー社長が抱える相続税の負担は重くなります。そして、対策に使える時間は、気づいた今この瞬間から始まっています。

50代で動き始めるか、60代で慌てるか

相続税の対策は「時間が武器」です。

生前贈与をはじめとする多くの対策は、早く始めるほど効果が大きく、遅く始めるほど効果が薄くなります。60歳を過ぎてから対策を始めると、残された時間が少なすぎて十分な効果が出ないことも珍しくありません。

50代のうちに動き始めれば、10年・20年という時間を味方につけることができます。逆に言えば、「まだ早い」という感覚こそが、最大のリスクかもしれません。

まず知っておきたい、相続税の基礎控除

相続税には「基礎控除」という非課税の枠があります。計算式は 3,000万円+600万円×法定相続人数 です。

たとえば、奥さんとお子さん2人が相続人なら、3,000万円+600万円×3人=4,800万円までは相続税がかかりません。

ただし、オーナー社長の場合はここに大きな落とし穴があります。自社株の価値が相続財産として加算されるからです。会社が成長して評価額が上がれば上がるほど、課税対象の財産は膨らんでいきます。「会社を大きくした結果、相続税の請求書も大きくなった」というのは、決して他人事ではありません。

ステップ1:毎年110万円の生前贈与を積み上げる

まず取り組みやすいのが、年110万円以内の生前贈与です。

この110万円という金額は、贈与税の基礎控除額です。毎年この枠内で子どもや孫に贈与を行えば、贈与税はかからず、着実に財産を移転できます。

10年間続ければ1人あたり1,100万円。お子さん2人なら2,200万円を無税で移せる計算です。ただし、2024年からの税制改正により、贈与した財産が相続財産に加算される「持ち戻し期間」が3年から7年に延長されました。早く始めれば始めるほど、この影響を受けにくくなります。

「毎年同じ金額を振り込むと、定期贈与とみなされる可能性がある」という点も頭に入れておいてください。金額や時期を少し変えるなどの工夫が有効です。

ステップ2:生命保険で非課税枠を確保する

次に活用したいのが、生命保険の非課税枠です。

生命保険金には「500万円×法定相続人数」という非課税枠があります。法定相続人が3人なら1,500万円まで非課税で受け取れる計算です。

現金や不動産をそのまま相続させるよりも、生命保険に組み換えることで税負担を大きく減らせます。また、保険金は受取人を指定できるため、遺産分割でもめにくいという副次的なメリットもあります。

一時払い終身保険など、保険料をまとめて払い込むタイプを使えば、手続きの手間も最小限に抑えられます。手元資金に余裕があるこの時期に手を打っておくと、後々の選択肢が広がります。

ステップ3:自社株の評価額を下げておく

オーナー社長にとって最も効果的で、かつ最も難しいのが自社株の評価額コントロールです。

自社株の相続税評価額は、会社の利益・純資産・配当などをもとに算定されます。業績が良い会社ほど評価額が高くなる仕組みです。

対策としては、役員退職金の支給、含み損のある資産の処理、組織再編などが考えられます。これらは事業承継の準備と一体で進めることが多く、単に節税するだけでなく「会社をどう次に引き継ぐか」という経営判断とセットで考える必要があります。

自社株対策は特に専門性が高く、税理士・弁護士・M&Aアドバイザーなど複数の専門家が関わることも少なくありません。早めに相談することで、選べる選択肢が増えます。

「まだ先のこと」が一番怖い

相続税対策で一番多い失敗のパターンは、「もう少し会社が落ち着いたら考えよう」と先送りし続けることです。

経営者は忙しい。それはわかります。でも、相続は突然やってきます。倒れてからでは、対策を打てません。

50代のうちに3つのステップを一つずつ進めておけば、60代・70代の自分が楽になります。今期の決算が終わったら、まず生前贈与の設計と生命保険の見直しから着手してみてください。自社株の評価額が今いくらになっているかを確認するだけでも、大きな一歩です。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。